探偵のオペラ【13】
舞台の真ん中にはいまだにルノー役の人間を吊り上げていたロープが垂れ下がっている。ロープの先は短いものと長いものの二つに分かれており、両方ともさらに先が二つに分かれていた。首吊り用の輪っかを救助する時に切ったのだろう。長い方のロープの先は首ではなく、身体を支えるためのロープだったのか。
「首が絞まった人ってルノー役の人だよね?金城って言うの?」
「はい。金城匠先輩です。俺の一つ上の先輩なんすよ」
今日はさっさと帰ろうと言っていたくせに話を聞いてしまうのは探偵の性というものだろうか。
「今までは何もなかったって言ってたけど前のリハーサルはいつやってたの?」
「前のリハーサル……昨日の夜中にやったっす。その時は何もなかったんすけど」
「何もなかったことはないわよ」
いつの間にか俺たちの話が気になったのか、陽葵が風斗の斜め後ろに立っていた。他の団員は警察が来るまでにどう待っていたらいいのか分からずにそわそわとしながらそれぞれ離れた椅子に座っていたり、立っていたりした。
「えっ、何かあったんすか?」
「昨日のリハーサルの時、新と匠が喧嘩したでしょう?演技のことで」
匠とはルノー役の金城匠のことだろう。新という名前は初めて聞いた気がする。
「新って誰です?」
「稲葉新。悪魔役をやっていたわ」
なるほど、劇中で顔をマスクで覆っていた人物が稲葉新だったか。ルノー役の匠と悪魔役の新が演技のことで喧嘩したのであれば、問題の首絞めのシーンだろうか。
「そうだったんすか?」
「まぁ、確かに風斗は喧嘩の時、裏にみんなの飲み物取りに行ってたからね」
風斗が「ああ、その時だったんすね」と手を打った。そもそも喧嘩のことを知らなかったのだから、昨日は何もなかったと言えたのだろう。しかし、砂橋の聞きたいこととはずれたのではないだろうか。砂橋はきっと「昨日の首吊りのシーンに変わったところはなかったのか」と聞きたかったはずだ。演技に関する喧嘩などはあまり役に立たないだろう。
これも探偵の性だろうか、話される言葉をしっかりと聞いて砂橋はうんうんと頷いている。
「どんな内容の喧嘩だったんですか?」
「首を絞めた時に力をこめすぎちゃって痛いって言う話だったわ。新の方は、匠が首を絞められるシーンの時にいつもと立ち位置が違ったから悪いのは自分じゃないって言ってたけど」
陽葵はそういうと肩を竦めた。
「立ち位置って言われても私たちはだいたいの位置しか知らないし、練習していくに連れて演じる二人の采配によって変わっていくものだったから本当に立ち位置がずれてたのかを知るのは当事者の二人だけだったわ」
「それは、押し問答になるのでは?」
俺は口を開いた。どちらの主張も当事者にしか分からないものだ。
相手が首を強く絞めた、相手の立ち位置が悪かったと主張しても公平なジャッジを下せる人物はいないだろう。
「なったのよ。結局、どっちが正しいかは誰にも分からなくて史也さんが二人を宥めて終わったわ」
「それは大変でしたね」
遠くでパトカーの音が聞こえてきた。