探偵のオペラ【12】
俺と砂橋が観客席に戻る頃には救急車が到着しており、ルノー役の人間が担架に運ばれていくところだった。担架が通りやすいようにパイプ椅子を砂橋と一緒に数個ずらしていると、それに続いて舞台から劇団員がおりてきてパイプ椅子を動かす。
担架に乗せられ、運ばれていった男の顔は土気色になっていた。
「まぁ、吊られてた時間も短かったみたいだから死んでないと思うけど」
砂橋が俺の隣に来て、呟いた。他の団員から離れていて、その呟きは俺にしか聞こえていないだろう。
上から首に紐やロープを巻き付けた状態で落としたら首の骨が折れて死ぬ可能性があるが、劇中ではルノー役の影が悪魔役の人間により舞台から天井へ向かって引き上げられていた。首の骨が折れることはないだろう。
首が絞まっていた時間も比較的に短かったので、もしかしたら彼は一命をとりとめるかもしれない。
「救急車も来たってことは警察も来るってことでしょ?誰が来るのかな」
「さぁな。もしかしたら知り合いかもしれない」
知り合いだとしたら早く帰してもらえたりしないだろうか。いや、むしろ知り合いなら砂橋のことを知っているから引き留められる可能性もある。
もう一度、パイプ椅子に座ると砂橋も俺の隣に座る。
「ごめんなさい、弾正先輩」
パイプ椅子に座った俺の前まで風斗がやってきた。申し訳なさそうにしている彼を見て、慌てて腰が浮く。
「大丈夫だ。風斗のせいじゃないだろう」
「それはそうっすけど……」
「いったい何があったんだ?」
俺の問いに彼は首を横に振った。
「正直、俺にも何があったか分からないんすよ……。俺は金城先輩の首吊りのシーンの時は下手側で他の団員と一緒に待機してましたし……」
「そういえば、上手側と下手側から一斉に団員が出てきてたな」
ルノーの遺体が発見されたその時、下手側と上手側から二人ずつ人が出てきていた。
「……ねぇ、上手側と下手側ってなに?」
ふと、砂橋が俺と風斗の会話に割り入ってきた。そういえば、演劇に興味がなかったなと思い至り、俺は舞台を指さす。
「観客席から見て舞台の右側のことを上手、左側のことを下手と言うんだ」
「かみてとしもてねぇ」
砂橋はやっと納得したというようにこくこくと頷いた。




