遺産相続パニック【完】
先に外に出ていた砂橋は、行きとは違い、助手席に乗り込んでいた。俺は運転席へと乗り込む。
「帰りにコンビニ寄ってよ。甘いものが飲みたい」
「……いつから気づいてた?」
「お手玉の練習してた時。最後に一回お手玉やった時に分かった」
「じゃあ、お手玉のおかげだな」
エンジンをかけて、駐車場から出る。隣で砂橋がわざとらしく大きくため息をついた。
「もうお手玉はしたくないよ」
「俺もだ」
車を発進して約五分の間、どちらがよりお手玉が上達したかという話をしているうちにコンビニについた。バナナオレを買った砂橋の隣でコーヒー缶を購入する。冷たいブラックコーヒーは疲れた体にいくらでも入るような心地がする。
「よくすんなり分かったな」
「何が?」
「日付けは関係なくて月だけで暗号を考えるって」
「ああ、それね……」
車内に戻って気になっていたことを聞くと、砂橋はいきなり声をあげて笑い始めた。「ふふっ」「ははっ」と何か面白いことでもあったかのようにおさまってはまた笑いだす。
「いやぁね、それ、ただの勘というか」
「勘だけでそこまで笑うか?何かあったんだろう」
「はぁー、ふふっ、だって、月影家だし。月かなぁって」
そこまで言って砂橋はまた笑い始めた。なるほど、すんなりと暗号を解いたのは、必ずヒントがあるゲームの謎解きのように他の要素も加味した結果だったらしい。
それから数分は、砂橋の思い出し笑いの声を聞くはめとなった。
「しかし、長男の賢吾も、金を持ち逃げしたくせに死亡の保険金の受け取り相手を朗氏にするとは……そんなことをするなら謝って少しずつ金でも返せばよかったろう」
もうすでに日が沈んで、空に暗いカーテンがかかる。いつもより早めに夕飯を食べてしまったからか、小腹がすいている。
仲が悪かったわけではなかったのだろう。朗氏が雛子を賢吾の娘だと言っても、問い詰めはするが受け入れることができたろう。金を持ち逃げしたとしても、妻と孫の顔を見せて「父親になったんだ」と言ったら、門前払いせずに話を聞いて謝罪を受け入れることができただろう。残されていた遺産。保険金によって返された金。大切に育てられた雛子。
確かに愛情はなくなっていなかったのだから。
「ごめんなさいが、大人になって恥ずかしくなったんじゃない?」
砂橋は窓枠に肘をついて、頬に手の平を当てた。こちらを向いて、口の端を緩める。
「そうでしょ?」
「ああ、そうだな」
残り一時間の道のり。
俺たちはそれ以上、話すこともなく、ただただお互い違う方向を見ていた。