遺産相続パニック【23】
「どうして、暗証番号が分かったんだ?」
「んー、噛み砕いて説明するとね」
砂橋はまた一口サイズに切り分けたハンバーグに皿の上に広がったチーズをつけると口へと運んだ。砂橋の話に耳を澄ますためか、先ほどまでうるさかった居間の三人も押し黙っていた。
「歌だよ」
「歌?」
「朗氏がヒナちゃんに教えてたお手玉遊びの歌だよ」
「あの物騒な歌か?」
あの歌がどう関係してくるというのだ。
「暗号みたいだなぁ~って思って、考えてたんだけど、まさか金庫の暗証番号になるとは思わなかったよ」
俺はハンバーグとサラダを食べ終えると食器をまとめて、ポケットから自分のスケジュール帳とペンを取り出した。
確か、こんな歌だったはずだ。
秋風吹いて 老人死んだ
山道崩れて 春死んだ
父出稼ぎ中 母死んだ
春風吹いて 子供産まれた
「この歌詞をどうしたら数字にできるんだ……?」
俺はメモ帳の上の歌詞を睨んでから砂橋の方を見た。砂橋は俺の手元の歌詞を見て、うんうんと頷いた。
「祝日に絡めたらいいんだよ。ほら、秋風の部分は秋分にしてって感じで他の歌詞も」
秋風が秋分だとしたら、老人は敬老の日だろうか。
話が気になったらしい兄妹はさっさとハンバーグを食べ、または途中まで食べて放って、こちらにやってきて、俺の手元を覗き込んだ。
「春は春分で、父は父の日でしょ?」
「そうなると母は母の日で子供は子供の日よね」
「山ってなんだ?」
三人が顔を突き合わせて話していると唐突に三人とも俺の方を見た。いや、俺を見られても俺は答えを知らないので答えることはできないが。
しかし、山となると分からないのも無理はないかもしれない。
「山の日じゃないですか?比較的新しい祝日だから馴染みはないかもしれませんが……」
確か、海の日があるのだから山の祝日も作るべきだという声があがり、できた祝日だったはずだ。八月の祝日だったのを覚えている。
「秋分の日とか、日にち決まってないでしょ?」
「春分の日もだな」
砂橋がハンバーグとサラダの最後の一口を食べ終わり「ごちそうさまでした」と手を合わせた。食器をまとめる砂橋を兄妹たちと共にじっと見ると砂橋はきょとんとわざとらしく目を丸くしてから微笑んだ。
「月だけ考えたら?」
そう言うと砂橋は席を立って、洗い場へと食器を持っていった。同じく食べ終わった雛子の食器もついでに片付けてやると雛子は席を降りて、砂橋の裾を引っ張った。
「みんな、何してるの~?」
「謎解きしてるみたいだから、邪魔しちゃダメだよ~」
「分かった!」
俺はスマホを取り出した。祝日を覚えていないわけではないが、記憶違いがないとも言い切れない。
「秋分も敬老の日も九月だろ?」
秋風と老人の文字の下に九と書く。山の下には八。
「父の日は六月だし、母の日は五月でしょ?」
春分の日は三月だったか。あとは子供の日が五月だから、これで全部だろう。
並べてみると、九、九、八、三、六、五、三、五、か。これがそのまま暗証番号だとでも言うのか。
俺が顎に手を当てると大輔がどたばたと居間へ走り、金庫へとかじりつくようにしがみついた。きっとこの八桁の暗証番号をいれているのだろう。大輔に続いて、金庫が開く場面を近くで見ようと伊予と小春が近づく。
しかし、すぐに大輔が勢いよく金庫を殴りつける。
「開かねぇじゃねぇか!」
「間違えてたかもしれないじゃない。貸して!」
金山も坂口もご飯を食べ終わったらしく、二人とも食器を洗い場へ持っていくと、金山は俺の隣の席に座り、坂口は食器を洗い始めた。砂橋が雛子と一緒にオレンジジュースを片手に俺の向かいの席へと座った。
「騒がしいねぇ」
「なんとまぁ、意地が悪いですね」
「それには同意する」
呑気にオレンジジュースを飲む砂橋に金山が困ったように笑った。砂橋の意地が悪いのは今に始まったことではない。