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遺産相続パニック【17】


「賢吾って?」


 砂橋の問いに、俺はジャケットのポケットにいれていた一番古い朗氏のスケジュール帳を取り出した。


「朗氏の日記に何度も出てくる名前だ。内容からして、仕事相手はなさそうだが……」

「兄よ」


 伊予がケーキをテーブルに置きながら、ぼそりと答えた。


「お兄さん?お兄さんって大輔さんのことじゃなくて?」


 砂橋がいつの間にか俺の隣に立って、伊予に問いかける。彼女はこくりと頷いた。


「長男よ。うちの金を持って逃げ出した、最低のね」


 スケジュール帳にも「賢吾が金を無心しに来た」と書かれていた。月影家は三人兄妹だと思っていたが、違うらしい。賢吾が長男ということは大輔は次男なのだろう。


「家の仕事なんか継がずに俺は自分の力で成り上がるんだって家を出たくせに、立ち上げた会社が倒産したら手の平を返したように金を父さんにせびってくるようになった、クソ兄貴よ」


 小春が眉間に皺を寄せながら、ケーキをテーブルに置いた。少々乱暴に皿を置いてしまったらしく、皿が机にぶつかって大きな音を立てる。


「父さんにずっと援助してもらったくせに、いきなり家の金を持って姿をくらましたんだから」


 小春は、忌々しそうに仏壇の隣にある黒い金庫を見た。


「そういえば、あの時兄貴が持ち出した金もあそこに入っていたものだったわ」

「……そうね」


 もし、賢吾という名の長男が家を出ずにいたのなら、呉服屋の事業を継いでいたのは彼だったかもしれない。


「今、賢吾さんはどこに?」

「知らないわよ。父さんの葬式にも来なかったクソ兄貴なんか」


「……父さんの訃報を知らせようとも連絡先も変えてるから伝えようもなかったし。もう十年は話してないわ」


 オレンジジュースを注がれたコップを二つ持って、砂橋が今のテーブルに座る。その後ろをケーキを二つ持った雛子が座った。


「四人兄妹だったんですね」

「ええ」

「話を聞いた限りだと、その賢吾さんは勘当されたんですか?」


 砂橋がショートケーキを一口食べて問うと伊予はその向かいに正座して、同じようにショートケーキを前にフォークを握った。


「ええ。まぁ、勘当するって直接賢吾兄さんに言ったわけではないと思うけど。家のお金を持って逃げて行った時に父さんが「もうあいつが帰ってきても絶対に家に入れるな。あいつはもう家族じゃない」って今までで一番怒っていたから」


「実際、帰ってこなかったしね。あのクソ兄貴」


 小春はどかりと伊予の隣に座るとケーキに勢いよくフォークを突き立てた。


 金山と俺と坂口はダイニングのテーブルでそのままケーキと紅茶をいただくことにした。残ったケーキはラップを軽くかけて冷蔵庫行きとなった。


「砂橋さんは兄弟とかいる?」

「んー、どうですかね。いると思います?」

「いなさそう。一人っ子って感じする」


 小春の質問を砂橋は曖昧に答えた。誤魔化すのは意図があるわけでもなく、自分のことを人に話したくないという意識が染みついている結果だろう。答えは知っているが、言わない方が賢い選択だ。


「僕の話はそれぐらいにしましょうよ。でも、勘当されてるなら金庫が開けられたとしても、相続が賢吾さんに行くことはきっとないのでよかったですね」


「まぁ、金庫開けなきゃ意味ないんだけど」


 小春が分かりやすくため息をついた。


 それもそうだ。たとえ遺産があったとしても金庫を開けなければ意味がない。三人兄妹ではなく、勘当された長男がいるという事実は分かったが、それが金庫を開ける手がかりになったと言えばノーだ。むしろ、暗い話題を提供してしまったかもしれない。


「すなちゃん、すなちゃん」

「なぁに?」


「食べ終わったら、お手玉教えてあげる!」

「んー……、ありがとう」


 砂橋が困った顔をしている。思わず笑いそうになっていると砂橋と目が合った。


「ひなちゃん、ひなちゃん。あそこの目つき悪いお兄ちゃんもお手玉やりたいって」

「ほんと?」


 雛子が目をきらきらとさせ、俺の方を振り返った。


「俺を巻き込むな」

「人のお手玉を笑ったんだから自分もやってよ」


 俺は仕方ないなとため息をついた。こうなったら俺もお手玉遊びに付き合ってやるしかないだろう。俺もお手玉ができるわけではないが。


「ケーキを食べてからでいいならな」


 精一杯ゆっくりとケーキを食べてやろう。


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