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遺産相続パニック【15】


 とりあえず、俺と砂橋は雛子を連れて居間へと向かった。居間には金山が座っており、文庫本を読んでいた。こちらに気づいて顔をあげたが、すぐに本へと視線を落とした。仏壇と金庫の傍には小春が座っており、仏壇前の仏具が載っている経机から出した紙を広げていた。


 そういえば、俺たちは朗氏に呼ばれたというのに線香もあげていなかった。今からでもあげようかと思うが小春が経典などを広げていて、近づくのも憚られた。


「へぇ、ヒナちゃん、お手玉できるの?」

「うん、ひとみちゃんに教えてもらったんだよ!」


 砂橋と雛子は金山の向かい側の座布団に座っていた。


「そういえば、坂口さんは」

「洗濯物を干すと言ってましたよ」


 居間やキッチンを見回しながら呟くと金山が答えた。こんな時でも家事はしなくてはいけないだろう。


「すなちゃんはできる?」

「できないこともないけどさ」


 砂橋は少し困ったような表情をしながら、自分に押し付けられたお手玉を受け取った。ざらざらと小豆がこすれる音がする。雛子が押し付けた五つのお手玉のうち、二つをそっとテーブルの上に置くと砂橋はお手玉三つを順々に空中へと放り投げた。


「あんたがた、どこさ、ひごさ、あっ」


 お手玉が落ちた。砂橋がため息をつくのが見える。思わず噴き出しそうになるのを咳払いで済ませるが、砂橋からの視線が痛い。どうやら誤魔化せていないようだ。


「すなちゃん、お手玉できないの?」

「できないわけじゃないんだよ。慣れてないだけで」


 雛子の言葉に砂橋は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「じゃあ、ヒナがお手本見せてあげる!」


 砂橋はこれ以上失敗をしたくないのか雛子の申し出に「はいはい」と持っていたお手玉をさっさと雛子に渡してしまう。雛子はテーブルの上に砂橋が放置した二つのお手玉もとって、お手玉五つを放り投げた。


「あっきかぜ、ふいて、ろうじん、しんだっ。さんどう、くっずれて、はっる、しんだ」


 童謡にしては物騒な歌を歌いながら器用に五つのお手玉を順番に投げる彼女の手元を砂橋は恨めしそうにじっと見ていた。よほど子供の目の前で失敗したのが悔しかったのだろう。


「ちち、でっかせぎちゅう、はは、しんだ。はるかぜ、ふいて、こども、うまれたっ」


 歌が終わったと同時に五つのお手玉を右手に二つ、左手に三つ掴んだ雛子を見て砂橋が「すごいねぇ」と言いながらぱちぱちと手を叩いた。たぶん、本当は手を叩きたくないのだろう。


「それにしても物騒な歌だね」

「歌ねー、おじいちゃんが教えてくれたの!」


 たぶん、意味も分からずに歌っている。それにしても朗氏はなんて歌を子供に教えているのだろうか。


「あ、雛子ちゃん、砂橋さん、弾正さん。ちょうどよかったです。おやつにしませんか?」


 洗濯物を干し終わったらしい坂口がキッチンの勝手口を開けて、スリッパを脱いだ。


「午前中、小春さんがいたうちに買いに行っていたものがありまして……」


 坂口は冷蔵庫の前にかがむと扉を開けて、白い箱を取り出した。冷蔵庫の棚を一段は支配していたその白い箱は取っ手がついており、その箱を見るのは数年ぶりのような気がした。


「ケーキ!」

「え、ケーキ?やった~」


 雛子がぴょんと立ち上がってダイニングの高いテーブルに両手をついて、テーブルに置かれたケーキの箱をきらきらとした瞳で見つめていた。砂橋も雛子に続いて立ち上がって、ダイニングへと歩いていた。先ほどまでのふてくされた様子はどこに行ったのか。本当に砂橋は甘いものが好きだな、と短く息を吐いた。


 巻き込まれた状況は複雑であるものの、毎回このような依頼だったら俺の心労も減るのだが。


 坂口が雛子と砂橋の様子を見て微笑みながら、ケーキの蓋を開けるとそこからホールのショートケーキが出てきた。


 いちごとクリームがふんだんに散りばめられているショートケーキに坂口が包丁を持ってくる。包丁によりホールのケーキが十字に切られる。この家には現在八人いるので八等分するつもりだろう。全員が食べるとは限らないが、足りなくて後から文句を言われるよりはいいだろう。


 ちらちらと砂橋がこちらを見てきたので、俺はため息をついた。


「やらないからな」

「えぇ」


 子供の前で大人げないことをしないでほしい。


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