遺産相続パニック【13】
廊下の方で扉が開く音と足音がどたどたと聞こえてきたので、俺を席を立った。砂橋と雛子はオセロをやり始めていたので、手持無沙汰だったのだ。
扉を開けて廊下を覗き見るとちょうど居間の方へと大輔、伊予、小春の三人が向かっていく背中が見えた。雛子の部屋の向かい側にある書斎の扉が開いており、床にいくつも本が積み上げられていた。金庫を開けるヒントを見つけられたのか、そうではないのか分からないが、居間の方からは何やら話し声が聞こえた。何を話しているのかは定かではないが、俺は雛子の部屋を出ると扉を閉めて、書斎へと入った。
窓を背にした書斎の机。部屋に入って右手の壁は大きな本棚で埋め尽くされている。本だけでなく、何かのファイルなども多くあった。これをまとめた人物は几帳面な性格だったのか、ファイルの背にはそれぞれきちんと題名まで書かれていた。ファイルの類はどうやら、月影家が代々営んできた呉服屋についてらしい。ファイルの背を見るに、ファイルを整理した人物は全て同一人物であるが、背に書かれている年からして中身は何代にも渡って保管されていた資料だということが伺える。
「……本が多いな」
もし本の間に暗証番号に関係するメモなどが挟まっていたら探すのは困難だ。
自分だったらどのような場所に暗証番号のヒントを隠しておくか。信用している人物にだけ教えておくか。しかし、遺産が入った金庫の暗証番号を教えるような信用に値する人物は朗氏にはいたのだろうか。いたとしても坂口か金山だろう。あの二人が知らないとなると朗氏は誰にも教えていないということになる。
あとは、どこかにメモしておくか。
俺は暗証番号は、自分の仕事部屋の机でも鍵付きの引き出しにいれるだろう。
書斎の机に近づいてみるも、引き出しはあるが鍵付きの物はない。試しに二つある引き出しを開いてみるが、入っているのは文房具や仕事などに使う領収書やハンコなどが詰め込まれていた。
少なくとも金庫の暗証番号に関係するものはなかった。
机の上には手帳やノートパソコン、電気スタンドがあった。手帳を手に取る。
「日記か……?」
ダイアリーと書かれた手帳は、今年度のスケジュール帳だったが、その日にちごとに一文ほどの日記が書かれていた。
スケジュール帳は今年の四月からのものであり、最後に書かれていたのは五月十五日の部分に書かれていた「明日は誕生日ケーキを受け取りに行かなくてはいけない」だった。確か、朗氏がなくなったのはこの次の日の十六日ではなかったか。
四月からの一日一文の日記を読んだが、暗証番号に関することは何も書かれていなかった。
「もしかしたら、ファイルと同じで本棚に残しているかもしれないな」
俺は手帳を手に持ったまま、本棚に近づいた。手帳は片手で持つことのできる文庫本サイズで、本革のようなブックカバーは何年も使われているのかところどころ削れていた。それならば、同じサイズの手帳の中身があるのではないか。
少し本棚を眺めているとお目当てのものは見つかった。
手帳は全部で二十冊ほどあり、一番昔の手帳を開いた。一日一文しか書かないこともあって、日記というよりもその日にやるべきことのメモに近かった。
クリーニングに出したスーツを受け取りに行く。坂口さんに今月の給料を支払う。小春が顔を見せに来る。大輔に仕事の相手のことを教えておく。伊予の子供の運動会のビデオを見に行く。金山弁護士と打ち合わせの予定。
「ん?」
見知った名前の中、ふと知らない名前が何度も出てくることに気づいた。他にも知らない名前は一度か二度は出てきたが、それは仕事内容であることが分かったから気にしなかった。
「賢吾が金を無心しに来た。賢吾がいきなりやってきて坂口さんに夕飯を多めに作ってもらうこととなった。賢吾がまた仕事をやめてきたらしい」
この「賢吾」という人物は仕事相手ではないだろう。朗氏の子供である大輔、伊予、小春より出てくる頻度が多かった。親戚だろうか。
「おい」