遺産相続パニック【6】
キッチン横のテーブルには椅子が四つあり、俺と砂橋、雛子と坂口はそこで昼食を摂ることにして、月影家の兄妹たちは居間のテーブルを囲んでいた。
ガラスの器に盛られたそうめんの上にはオクラとミニトマトが置かれていた。その横にめんつゆの入った小さなガラスの器があり、細ネギと刻みのりが散りばめられていた。
「美味しそう。いただきまーす」
「いただきまーす!」
並んでいる砂橋と雛子が二人して両手を合わせた。その様子を坂口さんは俺の隣でにこにことしながら見ていた。雛子は子供用の小さな箸を器用に動かしてめんつゆの中にそうめんを入れた。食べるのは初めてではないらしい。
俺も小さく「いただきます」と呟いて、そうめんを食べる。雛子の前にはオードブルの中にあったエビフライとコロッケが小皿にのせられていた。子供だから先に選ぶように小春がオードブルを雛子に見せて料理を選ばせたのだ。一口目を食べる時に箸を握っていない方の手で頬を抑えて嬉しそうな顔をするので見ていて面白い。
「まさか、あの父さんが亡くなるなんてな……」
「そうね。葬式とかで忙しかったからそれどころじゃなかったけど」
「もう、姉さんも兄さんもせっかくの食事なんだから辛気臭くしないの!ところで兄さん、良太くんは元気なの?」
「ああ、元気だよ。まぁ、中学生になったから反抗的になって大変だがな。伊予のとこはどうなんだ?」
思い出したのか大輔は頭を抱えてため息をついて、話を逸らそうとした。伊予は「そうね……」と考える時間を作るようにそうめんをすすった。
「うちの子も今年から中学にあがって浮かれてるわ。非行に走らずに健康でいてくれればいいんだけど……」
大輔と伊予は中学生の子供を持っているらしい。
大輔と伊予の子供ということは雛子の甥になるのだろう。八歳の甥が中学生という奇妙な関係になるのか。
「最近は子供の考えてることが分からないわ。私たちもああやって大人に反発する時期があったのにね」
伊予は小さく息を吐いた。
俺の反抗期は分かりにくかったと思う。いつから始まったのは定かではない。両親のどちらかを鬱陶しく思うようなものではなく、家族というもの自体を億劫に思うものだった。しかし、それを行動や態度に出すことはなかった。もしかしたら態度には出ていたかもしれないが。行動で反抗期の前と後で変わったのは、家にいる時間が少し短くなったくらいだろう。家にいるよりも市の図書館に入り浸る時間が長くなった。
「まぁ、成長してるんでしょ。そんなに重く考えなくても大丈夫でしょ」
小春がミニトマトを流れるような動作で隣の伊予のそうめんの器に移動させた。伊予は「ちょっと」と眉をひそめるが、小春は「まぁまぁ」とミニトマトを全て移動し終える。大輔は「まだミニトマトが苦手なのか」とため息をついている。この兄妹の中ではそれが日常なのだろう。それ以上、小春は小言を言われることはなかった。
そういえば、砂橋は嫌いな食べ物がないな、と思いながら自分の向かいに座る砂橋を見ると、俺の視線に気づいたのがばちりと視線がかち合った。なんで見られていたのか分からないのか、ぱちぱちと砂橋は瞬きをする。
「ごちそうさまでした」
いつの間にかそうめんを平らげていたらしい砂橋が箸を器の上に置いて、両手を合わせた。その様子をじっと横から雛子が見ており、今度は雛子の視線に気づいた砂橋が首を傾げる。雛子はにぱっと笑顔を咲かせた。
「えらい子!」
「え?あ、ごちそうさまを言えて偉いって?ありがとうね」
「えらい!」
もう一度同じことを言われて砂橋は目線を泳がせた。これが漫画だったら頭の上にはてなマークがついていることだろう。困っている砂橋は珍しい。すると、俺の隣で坂口が「ふふ」と笑い声を漏らした。
「旦那様にいつも言われていたんですよ。いただきますやごちそうさま、ありがとうなどを挨拶を言える子は偉い子って。言うたびに褒めていたので」
「なるほど。ありがとうと言ったのでさらに褒められたわけか」
「ちょっと弾正。笑わないでよ」
砂橋が眉間に皺を寄せて、こちらを睨んできた。




