遺産相続パニック【4】
それぞれ前に置かれた羊羹を食べながら、小春はテーブルに写真を置いた。写真の端に西暦と日にちと時間が刻まれており、今より五年前の写真だということが分かった。
真ん中に映っている高齢の男性がカメラに向かってピースをしており、その隣に背筋をぴしっと伸ばした男性が立っており、その反対側に女性が二人立っている。一人は小春で、もう一人は姉だろう。
「これを撮ってくれたの坂口さんなのよ」
「あら、懐かしいですねぇ」
砂橋の隣の座布団に座っている雛子に羊羹を小さく切って食べやすいようにしている坂口がテーブルの写真を見て微笑む。
「真ん中が父さん。こっちのしかめっ面が兄さんの大輔、こっちの私より背が低いのが姉さんの伊予」
「これを撮ったのは五年前の朗氏さんの誕生日でしたね」
「そうそう。たまたま皆で集まれたと思ったら父さんが「写真を撮ろう」って言いだしたのよね。最初は坂口さんも入れて、父さんが撮ろうとしたのを坂口さんが「せっかくですからご家族で撮ってください」って宥めたんだよね。父さんがごねてごねて……」
「旦那様は写真を撮るのが好きでしたからね」
高齢の男性がとても楽しそうにカメラに向かってピースをしているのを見るに、撮られるのも好きだったようだ。
「おじいちゃん、楽しそう!」
羊羹を食べ終わった雛子が立ち上がって、テーブルに手をついて写真を見ようと身を乗り出した。
「雛子さんはこの時はいなかったんですね」
「ええ。いなかったわ」
雛子は八歳だから、産まれてから少なくとも三年はここではなく母親のところで過ごしていたのだろう。
「そういえば、私も詳しいことは知らなかったわ。坂口さん、ヒナちゃんっていつからここにいるの?」
「そうですねぇ。三年前からいますね」
「うん!ヒナ、ずっとここにいたい!」
父の隠し子ではあるが、小春はあまり雛子のことをそこまで毛嫌いしているわけではないらしい。さすがに八歳の子供相手に敵意を剥き出しにする大人はいないだろう。
「ダメだダメだ!この家は正式な遺産として分配されるんだから!」
野太い男の声が、玄関から聞こえたと思うと重たい足音がどしどしと居間までやってきた。男はスーツを着ており、顔は写真の中にある大輔という男に似ている。
「そもそもなんでここにまだその隠し子がいるんだ!」
「兄さん。何も子供の前で言うことないじゃない」
八歳の子供に敵意を剥き出しにする大人は存在したらしい。大輔は小春が諫めたのを無視して、その鋭い視線を雛子の隣に座っていた砂橋と俺へと向けられた。
「だいたいこいつら誰なんだ!」
「旦那様が依頼していた探偵さんですよ」
「探偵だと?」
坂口の言葉に大輔がさらに眉をひそめた。ああ、これはまずいかもしれない。
「そんな得体の知れない奴ら追い出せ!親父からの依頼ってのもどうせ嘘なんだろ!」
大輔が大股で砂橋に近づいてきた。砂橋の腕を掴もうとした大輔の腕を思わず掴む。ぎろりと睨みつけられるが、目つきの悪さなら生まれてこの方負けたことはない。しかし、それで怯む様子はなく、俺と大輔は腕を掴んだ状態で視線をぶつけ合っていた。
「この羊羹、美味しいねぇ」
砂橋はその間で羊羹を頬張っていた。誰のためにこの状況になっているか自覚はないのだろうか。
「砂橋さんたちが来ることは生前から旦那様に言われていましたから」
坂口の言葉はやはり信頼できるのか大輔は俺の手を振り払うと「変なことをしたら速攻で追い出すからな!」と吐き捨てて廊下へと出て行ってしまった。