アイドル危機一髪【28】
男の苗字は葛原。持っている荷物にはオレンジの物が多く、はるかの写真がプリントされた缶バッチが鞄についていた。
てっきりストーカーは桃実のファンだと思ったが、どうやら彼ははるかのファンらしい。会場三十分前に、弾正が彼をいきなり関係者テントまで連れてきたのだ。砂橋さんがいると思ったのか、テントを見回したがいなかったのでとりあえずマネージャーに「こいつが桃実のストーカーだ」と言ったのだ。
弾正と比べると背丈も低く、つまようじのような体をしている。力では勝てないと観念しているのか、彼は弾正に指示に素直に従い、椅子に座らされていた。「身分証明する物はあるか」と聞かれておずおずと鞄から運転免許証を出すぐらいだ。こいつに猫の死骸をポストにいれる気概があるのか。
弾正は砂橋さんから預かったタブレットで桃実のアパートに仕掛けておいた監視カメラの映像を見せた。
桃実は青ざめて、葛原の方を見ていた。
とにかく、これでストーカーを見つけることができた。これから桃実がどうするかは自分で決めることだ。きっと警察に伝えるのだろう。ここまで証拠があるのだから、接近禁止命令を出してもらえるだろう。
「ももみん、よかったねぇ。ストーカー見つかって!」
「う、うん……」
はるかに励まされたもののどんな反応を返せばいいのか分からずに桃実は困惑しながらも頷いた。
「どうして、桃実のストーカーをしたんだ?」
「は、はるかちゃんのためだっ」
弾正に聞かれて葛原はやっと声を出した。
「桃実ははるかちゃんとキャラが被ってるから、はるかちゃんを敵視して嫌がらせをしてるんじゃないかって話が掲示板にあってから、だから俺ははるかちゃんを守ろうと……」
なるほど。
手紙から猫の死骸を入れるまでの期間が短いから好意からのストーカーではないと思っていたが、こいつははるかの邪魔になりそうな桃実を排除しようと動いていたのだ。
そもそも好意からストーカーをするにしては一カ月如きで過激化するなど忍耐がなさすぎる。呆れるほどに。
葛原の話にメンバーが思わずはるかへと目を向けるが、はるかは首を横に振った。
「はるかがやれって言ったわけじゃないよ~」
それもそうだ。
「本当にストーカーされてたなんて……」
苺果が呆けたように監視カメラの映像を見ながら呟いていた。本当にストーカーは桃実のついた嘘とでも信じていたのか。
そういえば、人数が足りない気がするが。
衣装を着て、この場にいるのは四人。そして、フルーツフィールドのマネージャーと、椅子の上で肩を小さくしている葛原と、その脇に立っている弾正だ。
少しだけ手が震えている桃実の背を奈々が撫でた。