探偵のいない推理旅行【10】
昨夜、豚しゃぶの片付けを宮岸に手伝わせて、家に帰らせた後、ようやく砂橋からの返信が来た。
『大野百合子さんの文通相手』
その名前こそ、砂橋が宮岸に名前だけ教えなかった牧野の村で関わることになった人間の名前だった。
大野百合子と文通していた清水幸雄は、ラベンダーが咲く季節に一人で牧場や花畑などが広がっている牧野の村へとやってきた。彼は文通相手の大野百合子と待ち合わせをしているのだが、彼女がどこにいるのか分からないと言って、通りがかった俺達の会話から俺が探偵だと勘違いして頼ってきたのだ。
その様子を砂橋は楽しみながら、一人、牧野の村で開催されていた謎解きゲームをして、一方、俺は清水の話を聞いた。
「大野百合子からの手紙は謎解きになっていたんだ」
「砂橋が好きそうだな」
昨日、運転をしていた俺に代わって、今日は宮岸が運転してくれることになった。宮岸の黄色くて丸い車はアニメに影響されたと言っていたが、ど忘れしてしまって彼がなんのアニメに影響されたのか思い出せない。
「結局、砂橋が謎を解いた結果、大野百合子はとある病院にいることが分かった。清水は砂橋に場所を教えてもらって、すぐに病院にかけつけて、彼女と出会うことができたらしい」
「病院を待ち合わせ場所にしたってことは……その大野百合子は病気だったのか?」
「ああ、闘病中だったらしい。手紙のやり取りが最後になるかもしれないと思いながら、謎解きにして最後の手紙を清水に送ったらしい」
一緒に大野百合子に会いに行こうと誘われたのだが、あれから連絡をとっていなかった。
だから、昨夜、久しぶりに清水に電話をかけると彼は待ってましたと言わんばかりに電話越しで伝わるほど喜んで「明日なら空いてますよ!」と言い始めたのだ。
詳しく話を聞くと砂橋が「近々、弾正から連絡が来ると思うからその時は大野百合子さんのところに一緒にお見舞いに行ってあげてよ」と言われていたらしい。
「それで俺達は今病院に向かってるんだな。清水との待ち合わせ場所は病院のエントランスでよかったよな?」
「ああ」
清水が砂橋からなにか問題を俺に出すように言われているのであれば、俺は昨夜、彼から問題内容を聞くだけでいいと思っていたが、彼が電話越しでも伝わるほど俺の連絡に喜んでいるのがひしひしと伝わってきたので、会って話すことにしたのだ。
ラベンダーの季節を思い出すと、もう牧野の村での出来事から半年以上は経っている。
機会が会ったら、また会いたいと言われていたのにも関わらずに連絡もとっていなかったのだ。それにきっと、砂橋も俺がこうすることは分かっているに違いない。
「久しぶりです、弾正さん!」
病院のエントランスの入口付近の椅子で待っていた彼は病院の自動扉から入ってきた俺を見るや否や椅子から立ち上がって駆け寄ってきた。
「ああ、久しぶりだな。元気だったか?」
「ええ、僕も百合子さんも元気ですよ」
彼の表情から、大野百合子の病状が深刻ではないことが分かり、ほっとする。半年以上も連絡をとっていない間に……というようなことがなくて本当によかった。
清水は俺の隣の宮岸を見て、首を傾げた。
「今日、運転をしてくれた友人だ。砂橋は予定があって来れないと言っていた」
「ああ、そうだったんですね! 砂橋さんにもまたお礼を言いたかったんですけど……。まぁ、電話で話せただけよかったです!」
早速、砂橋から何を話されたのかを詳しく聞く、というような野暮なことはせずに俺と宮岸は清水に案内されながら、行きに買ってきた花束とフルーツの盛り合わせを俺と宮岸でそれぞれ抱えて、病院内を進んだ。
入った病室は六人部屋で、その一番奥の窓に近いベッドで大野百合子は待っていた。
ベッドの上に置いてある腕は思った以上に細かったが、ピンクのニット帽を被った女性は、嬉しそうに微笑んだ。顔色が悪くないことにまたほっとする。
「初めまして、幸雄さんから写真を見せてもらって知ってますよ。弾正さんですよね」
「はい、俺が弾正で……」
「俺は宮岸です。今回は友人の弾正の付き添いで来ました。ただの運転手です」
宮岸が自己紹介をすると大野はきょろきょろと俺と宮岸の周りを見る。
「砂橋さんはいないんですね」
「あいつは忙しかったみたいで……。また今度連れてきます」
大野は少し残念そうに俯いた。彼女が清水に送った謎解きを解いたのは砂橋だ。俺でもなく、清水でもなく、砂橋が清水にこの病院のことを教えたのだ。
「直接、砂橋さんにもお礼を言いたかったんです。幸雄さんとこうやって出会えたのは、砂橋さんと弾正さんの二人のおかげですから」
どうして、砂橋が今ここにいないのだ。清水に連絡をとったくせに俺から連絡が行くとだけ伝えて、自分は来ないとは何様のつもりだ。
引きずってでも連れてきてやろうか。
一ヶ月も休みをとっているのなら、連れてきても問題ないだろう。砂橋のことを見つけたら、絶対に連れてくると約束しよう。
「そういえば、砂橋さんの電話で聞きましたけど、僕の時以外にも弾正さんと一緒にいるとよく事件に巻き込まれるって言ってましたよ。やっぱり、探偵さんといると事件が起きるんですね」
「ん?」
俺の引っかかりなど置いて、清水の言葉に大野が同意する。
「探偵さんとそのお友達だから、謎解きができたんですね。幸雄さん一人で謎解きできるか心配だったので、探偵の弾正さんと砂橋さんがいてくれてとてもよかったです!」
そういえば、俺は、清水に「探偵は砂橋の方だ」と説明しただろうか。いや、してない。
もしかして、半年以上もこの二人に盛大な勘違いをさせてしまったのではないだろうか。
俺は彼らを傷つけないように俺が探偵であるという間違いを訂正した。それに伴って砂橋と一緒にいると事件が絶えず舞い込んでくるという話をすると二人はとても嬉しそうに聞いていた。
探偵事務所の依頼の話を勝手に俺がするわけにもいかず、この場には宮岸もいたため、俺は大学時代に起こった教授に差出人不明のラブレターが届いて、砂橋と一緒に差出人を探した話をした。
そういえば、宮岸に教授のラブレターについての話をしたことはなかったため「俺、そんな話聞いてないんだけど」と拗ねられてしまったが、清水と大野はその様子を楽しそうに見ていた。
「よかったですね。教授へのラブレターだったら、確実に断られてたでしょうし」
「その後、彼女が本命の相手にラブレターを渡したかどうかまでは知らないが……」
「そういえば、砂橋さんも恋に関係する話をしてましたよ」
砂橋が、恋?
全く結びつかないような単語に思わず首を傾げてから、問題のことかと思い出して、背筋を伸ばす。
「東と西で分かれている村で、神社の家が二つあって、神社の家の娘さんと息子さんはしきたりによって結婚できなかったけど、結婚できるようになったって話をしてくれました」
栖川村のことだ。
「ああ、その二人にも今度会いに行かないとな……」
「砂橋さんが「その村の名前が答えになるから、伝えといて」って言ってましたけど……どういう意味なんでしょう?」
清水の様子を見て合点がいった。
今回、砂橋の暇潰しに付き合わされている人間は、自分が暇潰しに使われていると教えてもらっていない。勝手に利用されているのだ。
常盤は、俺に問題を出すようにと砂橋から直接言われていたため、気づいていたと思うが、宮岸は俺からの連絡があると言われただけで自分が問題を出題する側にされているとは気づいていなかった。月影雛子も自分が問題の出題者になっているなどとは思っていないだろう。
雛子は俺が遊びに来てくれたと本当に思っていたのだ。清水も大野も同じだろう。俺が訪れたことを素直に喜んでくれている。そんな彼らに砂橋が暇潰しのために利用したなどと伝えるのは、酷ではないか。
しかし、この二人なら大丈夫かもしれない。
最後にするはずだった文通を謎解きにして送り、送られた二人なら、自分達が謎解きに利用されていても文句は言わないだろうと信じたい。
「実は、今、砂橋の居場所が分からなくて、どうやら、共通の知り合いに砂橋が問題を出して、自分の居場所を謎解きで教えようとしているみたいなんだ」
二人が互いの顔を見合わせる。少しして、二人は楽しそうな笑い声をあげた。
「今度は弾正さんが謎解きで居場所を探す番なんですね」
笑う大野の言葉に清水は何度も頷いた。この病院に来て、何度目かも分からないが、俺はほっと胸を撫で下ろした。
砂橋さんの謎解きが終わって、居場所が分かったら、また連絡をしてくださいと言われ、俺達は病室を後にした。
「いい人達でよかったな」
「ほんとにな……」
次、彼らを訪れる時は、必ず菓子折りを持って砂橋を連れてこなければいけないと俺は強く思った。