探偵のいない推理旅行【3】
目の前で一人用の薄いピザにタバスコをかける笹川は深いため息を吐いた。
「どうして、いつも弾正ばっかり……」
砂橋もいないのに笹川と一緒に食事をすることになる日が来るとは思わなかった。彼には俺が気づくはずもなかったコスプレショップという答えを教えてもらった恩があるため、奢ることにしたのだ。
常盤から聞いた問題は「弾正が捕まっていた場所はどーこだ?」というものだった。謎解きでもなんでもなく、捕まっていた俺自身が答えられないような問題ではない。
「愛知民族博物館でしたっけ? 誘拐事件からしばらくして謎解きゲームもしに行ったって砂橋さんが話してましたけど……本当にどうして弾正ばかり……」
砂橋が笹川のことを休日に誘わないのは、単純に笹川のことを煩わしいと思っているだけではない。探偵事務所セレストには、基本砂橋か笹川のどちらかがいる。
どちらもいない時は自動扉の電源を切って、鍵もかけなければいけない。そして、探偵事務所は年中無休だ。つまり、砂橋の休みと笹川の休みが被ることはない。
「砂橋は一ヶ月間休みと言っていたが、その間、お前がずっと探偵事務所にいるのか?」
「それは過剰労働でしょう。もちろん、俺が休みの時は別の人が来ますよ。……赤西さんが」
「ああ……」
赤西市香は前の夕暮れサロンの依頼で会ったが、赤西は笹川のことを嫌っており、笹川はそんな赤西に委縮している。もしかしたら砂橋がいない間、笹川は赤西とあの事務所で二人きりになるかもしれないと思うと、途端に同情したくなる。
「それよりも砂橋さんの件ですよ。答えはメールしたんですよね?」
「ああ、愛知民族博物館とメールしたが……」
まだ返事は来ない。
砂橋が暇でこんなことをしているのは分かるが、俺を巻き込まないでほしい。しかし、俺が巻き込まれなければ、他人が巻き込まれるだろう。他人を犠牲にするか、俺を犠牲にするか、どっちかを選ぶとしたら、俺は自分を犠牲にする選択をするだろう。砂橋の件に関してだけだが。
「あのコスプレショップに砂橋が行くのは初めてのことなのか?」
マルゲリータの一切れを平らげた笹川は視線を彷徨わせてから、首を縦に振った。
「そうですね。探偵事務所に来てすぐに砂橋さんにコスプレショップのことを聞きましたけど、具体的に何が置いてあるか聞いたら、分からないと言われたので、砂橋さんは行ったことがないと思います」
実際に砂橋があのコスプレショップを訪れていたら、様々な色のウィッグが用意されていると説明できるはずだ。
それさえも説明できないということは砂橋は「コスプレショップがある」という事実しか知らなかったことになる。
「砂橋さんは今までの依頼で変装したことはありませんから」
依頼で変装したことがあるのは笹川くらいだろう。砂橋に変装をするようにと言ったところで「嫌だ」と言われるに決まっている。赤西は変装をするのか断るのか想像がつかない。
「常盤さんが砂橋さんのことを知っていたのは、俺がいつも砂橋さんの話をしているからだと思いますよ」
砂橋と接点がない人間に砂橋のことを話していたのか。それはただの迷惑ではないのだろうか。
ふと、ポケットの中でスマホが震える。砂橋からのメールかとスマホの画面を見ると案の定だった。
『英語が得意な友達』
「……」
「砂橋さんからですか?」
「ああ」
俺はメールの本文が映ったスマホを笹川に見せた。笹川がまた俺のスマホを取ろうとするのをひょいと上にあげる。笹川は不機嫌そうに眉を寄せたが、仕方なくスマホの画面を見た。
「英語が得意な友達……」
メールの本文を口にしているが、笹川にはこの文が指し示している人間はもしかしたら分からないかもしれない。接点は一応あるにはあるが。
俺と砂橋の共通の知人で、英語が得意な人間と言えば、一人しかいない。
宮岸金助。大学時代から俺と砂橋の共通の友人で、大学では総合英語学科に通っていた。現在は翻訳の仕事をしている。英語が得意という言葉だけで表すのはどうかと思うが。
「とりあえず、次はこいつに会って砂橋のことを相談しようと思う」
「こいつって……誰ですか? 砂橋さんのことを相談できるほど仲のいい人なんですか?」
「お前も知ってるはずだけどな」
笹川は宮岸が所属していた映像研究サークルの後輩だ。宮岸が活動していた時には関わりがなかっただろうが、卒業した後も宮岸は映像研究サークルにたまに顔を出していた。
俺達が大学を卒業した次の年、映像研究サークルから宮岸が渡されたホラー映像の中には笹川も映っていた。映像の中で笹川は幽霊騒ぎを起こしてしまい、それを砂橋が宮岸や他のサークルメンバーの前で指摘したのだ。
「あ、もしかして、宮岸先輩ですか?」
「ああ、そうだ」
「そういえば、砂橋さんも弾正も宮岸先輩繋がりで映研のホラー映像を見てくれたんですよね」
そう考えると、笹川と砂橋のことを引き合わせたのは宮岸かもしれない。引き合わせた後、笹川は砂橋のストーカーと化してしまったし、俺も多大な迷惑を被ったが。
「それじゃあ、砂橋さんと出会ったらすぐに連絡をくださいよ。絶対ですからね、絶対」
「分かった分かった」
縦に首を振らなければ、掴みかかってきそうな笹川の勢いに押され、俺は何度も頷いた。




