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夕暮れサロン殺人事件【完】


 帰ってきた砂橋の足に縋りついて「砂橋さん! どうして一ヶ月も俺のことを放っておいたんですか!」と泣き言を言い出した笹川を俺と赤西が引きはがし、砂橋には報告書を書いてもらったら、俺が家まで送り届けることになっていた。


「ねぇ、結局、市香ちゃんは夕暮れサロンになんの調査で来たの?」

「杉崎元警視総監の現在の様子を確認してほしいと言われました。ありのままを報告しました」

「嘘でしょ」


 報告書をキーボードで打ち込みながら、砂橋が赤西の顔も見ずにそう言う。一瞬、スプーンを掴んでココアをかき混ぜる赤西の手が止まったが、すぐに彼女は首を横に振った。


「本当です。厳密には言いたくない依頼と杉崎元警視総監の観察の依頼です」

「もう一つの依頼は僕には言えないこと? 身体まで張ったのに教えてくれないなんてひどいなぁ~」


 わざとらしく砂橋が脇腹をさするが、赤西はなおも首を横に振る。


「……すみませんが教えられません」

「じゃあ、弾正にも?」

「……教えられません」


「どうせ、今の警視総監に僕と弾正の様子でも見てこいって言われたんでしょ。スイーツビュッフェの券とかいかにもあいつらしいしね」


 思わず、俺はマグカップを落とした。笹川に「弾正! なにしてるんですか!」と怒られても俺は赤西をじっと見ることしかできなかった。


「まぁ、別にいいけど。どうせ、市香ちゃんは仕方なく依頼を受けたんだろうし。あ、スイーツビュッフェの券はもらうね」

「……こちらです」


 赤西からスイーツビュッフェの券を受け取った砂橋はその後、赤西に話をすることもなく、報告書をしあげて、席で伸びをした。


 呆けていた俺の代わりに床の掃除をしてくれていた笹川に謝って、俺はコーヒーを拭き取った後の床に散らばったマグカップの破片を箒とちりとりで集めた。


「帰るよ、弾正。なに遊んでるの」

「遊んでない。これのどこが遊んでるように見えるんだ?」


 お前にとってはマグカップの破片を集めることが遊ぶことになるのか?


「今日はお前の家でいいのか?」

「うん。コンビニの弁当とか食べるから。しばらく依頼もお休みだし、ゆっくりするよ」


 まだ聞きたいことはあるが、砂橋が帰ると言い出したので俺は赤西と笹川に「お先に」と言って探偵事務所を出た。


 砂橋の自宅まで送り届けるのも慣れたものだったが、よく考えると一ヶ月もこの道を通っていなかったことに気づく。


「本当、親って生き物はどこまでも身勝手だよね」


 夕暮れサロンで毒殺事件を起こしていた結城朱莉のことを言っているのだろうか。


 砂橋が二週間夕暮れサロンで傷を癒している間、俺は赤西から聞いて、結城の息子が入院している病院を訪れた。


 結城の息子は十七歳で車椅子を使って病院の庭を探索していた。見舞いに来てくれる友達もいるようで、数人で集まって、動画を見ているようだった。「俺、こんな風にかっこよくバスケしてやるんだ!」と嬉しそうに友達に語る結城の息子を見て、いたたまれなくなって俺は病院を去った。


 本当に親というものは時に身勝手だ。親がいなければ、子供は生きていけないのに、親が子供の生死を決めるなんて不条理な話だ。そんな不条理も仕方がないとか、立場の逆転があるとか、反論は色々出てくると思うが、今回の件はただの親の身勝手だった。


 そんな暗い話で終わらせるわけにはいかないと俺は話題を変えることにした。


「そういえば、二週間、ちゃんと安静にしてたんだろうな?」

「安静にしてたよ。宏隆さんが最近の推理小説とかも用意してくれてたし、ずっと本を読んだり、お菓子を食べたりしてたよ」

「最近の推理小説? いったいなんの推理小説を読んだんだ?」


 砂橋の住んでいるアパートの前に車を停めると同時に砂橋は助手席の扉を開けながら、答えた。


「弾正景虎先生のミステリー小説」


 ばたんと閉められた助手席の扉に、俺はしばらく動くことができなかった。あの後、どうやって帰ったのかも俺は覚えていない。


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