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夕暮れサロン殺人事件【39】


 カフェスペースに集まった入居者達には、全員丸テーブルに座ってもらった。十二個の椅子のうち、一つの席が空となっているのは部屋から出てこない雨宮さんの分だ。


 顔にかけた眼鏡の位置を中指で戻す。


「いきなり集まれってどういうつもりなんだ……?」


 どうやら、結城さんは僕からの呼び出しだとはみんなには言わなかったらしく、ほとんどの人が顔を見合わせていた。


 さすがに大久保さんも昨日の今日でお菓子を持ってくることはなかったみたいだ。全員が全員、大塚さんのことを知っているのか、微妙そうな顔をしている中、古賀さんはどこ吹く風で紅茶を飲んでいる。


「どうせ、犯人でも見つけたんだろ」


 杉崎さんは相変わらず、僕を睨みつけてくる。毒殺の犯人は僕だという自分の考えを一切疑っていないのだろう。



「ああ、僕が皆さんを呼んでもらったんです」


 僕が手を軽く挙げると杉崎さんが思いっきり眉をひそめた。犯人だと思っている僕に呼び出されたことが彼にとって我慢ならないのだろう。すぐにそれは行動に現れて、彼は丸テーブルに拳を叩きつけた。


「なんの用があって、俺たちを呼びつけた!」

「これですよ、これ」


 僕は起ち上げって、全員に腹の包帯が見えるようにシャツを少し捲った。


「昨日の夜、後ろから脇腹を刺されたんですよね」


これにはさすがの古賀さんもびっくりして目を見開く。


「僕の部屋から出て行った後に刺されたのかい?」

「はい。昨日の夜、古賀さんといつも通りゲームをして、自分の部屋に帰る時に刺されました」


 シャツを元通りにして、僕は杉崎さんを睨みつける。今度は僕の番だ。


「僕のことを刺したの、杉崎さんですよね?」

「なにを馬鹿なことを! 俺を誰だと思ってるんだ!」

「あなたが誰かはこの際どうでもいいんですよ。仕方ないから優しく噛み砕いて説明してあげますけどね」


 杉崎さん以外に僕の言葉を遮ろうとする人間はおらず、そして杉崎さんも僕の言葉を聞いた上で反論してやろうと息を少し荒くして血走った目で僕を見ている。


「刺された時、僕はすぐに周りを確認しましたが、その時、階段に人影はありませんでした。なので、一階と三階の人は犯人じゃないです。そして、僕が刺された時、僕は古賀さんと杉崎さんの部屋に背を向けていました」


 敵を糾弾できるポイントを見つけた杉崎さんは鬼の首を獲ったと言わんばかりに嬉しそうに声をあげた。


「エレベーターがあるだろう! 俺の部屋の前に!」


 そういえば、そうだった。


 二階でも三階でも担架が運べるように、夕暮れサロンの中にはエレベーターがある。それを使えば、一階の人も三階の人も僕を刺してすぐに逃げることが可能だ。


「でも、音が聞こえなかったんですよね」

「音?」

「エレベーターの音なんかしなかったんですよ」


 立ったままだと脇腹の傷が痛いので僕は席に戻ることにした。朝にもらった鎮痛剤を飲んでないから鈍い痛みが続いている。


「僕たちが去ってからエレベーターを使おうにも真島先生達が僕を担架で運ぶ際にエレベーターを使ったから、犯人がエレベーターを使うとしたら僕を刺した直後しかないわけです」


 彼は僕の言葉にもっともらしい反論が思いつかないのか、唇を引き結ぶ。しかし、エレベーター以外の反論を思いついたのか、嬉々として大きな声で宣言する。


「だったら、俺だけじゃないだろう! 古賀のやつにも犯行が可能なはずだ」


「扉が閉まる時と開く時、音がなるんですよね。僕が刺された前後、音は聞こえなかったし、古賀さんが扉を閉める音ならしっかりと聞きました。だから、古賀さんが扉を開いて、僕を刺したとしたら、扉を開ける音が聞こえます」


 僕が古賀さんを見ると、彼は僕に同意するように深く頷いた。


 扉が開く音が聞こえなかったということは、杉崎さんはずっと扉を開けていたことになる。


 そもそも、僕に見られずにタイミングよく脇腹を刺すなら、僕が古賀さんの部屋から出てカフェスペースに行ったことを確認しなければいけない。


 僕が古賀さんの部屋に毎日訪れてゲームをしているのは周知の事実だ。夜中のうちに見張っていれば、僕が古賀さんの部屋から出てカフェスペースを通り、自分の部屋に帰るところを見ることができるだろう。


「杉崎さんは自分の部屋の扉を最初から少し開けていて、僕が古賀さんの部屋から出てくるのを待っていたんです。そして、僕がカフェスペースにいるところを後ろから刺して逃げた」


「いい加減にしろ!」


椅子から立ち上がって、僕の方へとやってきた杉崎さんと僕の間に古賀さんと稲垣さんは慌てて立ってくれたが、激昂した杉崎さんはその二人を押しのけて、昨日と同じように僕の襟を掴んだ。


「元警視総監の俺を犯人呼ばわりか⁉ 地位も何も持っていないくせに!」


 襟をそんなに引っ張らないでほしい。いつまで経っても自分が元々いた地位に固執することしかできない人間のくせに。


「警視総監ねぇ……」


 乱暴に襟を掴んでいる彼の拳を掴んで軽く爪を立てた。


「それって元の話でしょう? 僕、現警視総監の子供なんだけど?」

「な……っ」


 この言い方はとても、本当にとてつもなく、虎の威を借りる狐のようで嫌なのだけど、地位を気にしている杉崎さんには効果的だろう。

 襟を掴んだ杉崎さんの力が緩む。畳みかけてやろう。


「羽田グループの会長とも仲がいいし、西園寺ホテルグループの西園寺紫吹さんとその娘さんとも仲がいいんだよね」


 うちの探偵事務所が依頼人の紹介制だから、宏隆さんと取引をした時点で大物が釣れるのは分かっていたが、口にしてみると案外すごいのかもしれない。いや、ただの友達というか顔見知りというだけだからすごくもないのか。


「ま、まさか、お前があいつの……」


 手を震わせて、やっと僕の襟から手を離してくれた杉崎さんが何かを言う前に、平手打ちの音がカフェスペースに響き渡った。


 思わず、目を丸くして、綺麗に杉崎さんの左の頬を平手打ちした大久保さんを見た。当事者である杉崎さんと僕が何も言えずにいると大久保さんが杉崎さんを睨みつけて、僕の傍へと来て、横から軽く僕のことを抱きしめてくれた。


「こんなかわいい女の子を刺すなんて信じられない!」

「え」


 僕は心の中で思いっきり「げっ」と汚い音を出していた。僕以外の人達も困惑している。どう言ったらいいものか。肯定も否定もしたくないのだが。


 平手打ちをされた杉崎さんは左頬を抑えて、目を見開いてうろたえている。


「ま、待ってくれ、和花……俺は君がそいつのことを好きになったと思って……」


 まさかそんな理由で僕のことを刺したのか?

 毒殺事件の犯人だと思い込んで刺したと思っていたけど、もしかして、そんなくだらない理由で?


「それにそいつはもしかしたら毒殺事件の犯人かもしれないし……」


 もしかしたら?

 僕が大塚さん殺しの犯人だという確信もないのに、刺した?


「お馬鹿!」


 大久保さんはもう一発、杉崎さんの左頬に平手打ちをかました。


「こんなに可愛い子が大塚さんを殺すわけないでしょう! あんなに仲がよかったのに! ていうか、あなた、元警察なんでしょう? 確証もないのに人を犯人扱いして、刺すってありえないわよ! あなたなんか大嫌いよ! 別れるわ! もう私に話しかけてこないで!」


 この二人、付き合っていたのか。


 ていうか、杉崎さんは本当に大久保さんと僕が仲がいいからという理由で僕のことを刺したのか。本当にどうしようもない理由で刺されたんだな、僕。


 説教をされる杉崎さんを横目に他の入居者達は僕の心配をしてくれた。僕の性別についてはあまり誰も触れてこなかったのが唯一の救いだった。


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