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夕暮れサロン殺人事件【35】


 杉崎さんともう一度出会ったら、どう考えても面倒な目に合うことが分かっていたから、僕は古賀さんとの約束の時間まで部屋に籠ってた。弾正がこの状況を見ていたら、胃を痛めていたのかもしれない。


 夕食を持ってきたのは結城さんだった。朝食は奥野さんが運んできたが、さすがに気が滅入ってしまったらしく、寝込んでると教えてもらった。


 部屋を出たところで少しだけお腹をさすった。


「そういえば、今日は夜食がないんだった」


 一度部屋に戻って、お菓子のストックを冷蔵庫の中から取り出して、僕は古賀さんの部屋に向かった。


 一週間経っても、古賀さんのストックのゲームの五分の一も終わっていない。アクションゲームの次は二人で行うパズルゲームをやった。


 今日は、二人で協力してやるホラーゲームみたいだった。このような二人で協力するゲームはやったことがないから僕にとっても新鮮な体験だった。


「砂橋くんって、ホラー耐性あるんだね」

「まぁ、所詮ゲームって感じですし」


 毒殺事件について話してくると思っていたのだが、古賀さんはなかなか話を切り出さなかった。


 僕と彼の前に置かれているテーブルの上にはいつも通りリンゴジュースが注がれたガラスのコップがあった。


「ねぇ、古賀さん。水平思考ゲームって知ってる?」

「ああ、知ってるよ。イエスかノーで答えて問題の答えを探していくっていうゲームだろう?」

「あれ、やりましょうよ。僕が質問するので、古賀さんがイエスかノーで答えてください」


 僕の提案に彼は掠れた声で笑った。ずれた丸眼鏡を手で直しながら首を横に振る。


「水平思考ゲームは知ってるけど……。僕は君が満足するような問題を考えつけないよ」


 水平思考ゲームは、問題を出題する側と質問する側が存在する。


 問題を出題した側に、回答者はイエスかノーでのみ答えられる質問をして、答えに近づいていくという形式のゲームだ。


 僕が質問をするということは、古賀さんは出題者ということになる。


「いいです。もう問題は出ているので」


 画面の中で現れる幽霊を相手にしながら、僕は古賀さんを見ずに質問を始める。


「一週間前、中庭に植えてあった彼岸花を引っこ抜いたのは古賀さんですか?」

「……イエス」


「色が気にくわなかったのは嘘ですか?」

「イエス」


 質問に動揺することもなく、彼も画面の中の幽霊に対して、攻撃をする。幽霊なのに火かき棒で一時的に撃退できるなんて発想が海外らしい。


 塩ではなく、鉄を使って霊に対抗するところとか。いや、さっきアイテムとして塩も拾ってたな。


「彼岸花を持ち帰りましたか?」

「イエス」


「彼岸花が毒になるのは知ってましたか?」

「イエス」


 古賀さんは嘘をつくつもりがない。自分に都合の悪い情報を包み隠さないし、質問をしてくる僕に怒ることもせず付き合ってくれている。


 違和感が少しだけ。


「大塚さんを殺すつもりだった?」

「イエス」


「古賀さん、もう自供したようなものですけど……」

「砂橋くん。肝心なことをまだ質問できてないよ。これが水平思考ゲームなら、事件の全容を暴かないと」


 あくまでこれは彼にとってゲームなのか。


 僕は少しだけ視線を落として、テーブルの上の透き通ったリンゴジュースを見た。


「大塚さんに彼岸花の毒を入れたものを渡しましたか?」

「イエス。よく分かったね」


「大塚さんの飲み残しがあったので。濁ってたのは彼岸花の毒をいれたからですよね?」

「ああ、そうだよ」


 本当に隠すつもりがないみたいだ。


 彼岸花を古賀さんがむしったという話を聞いてから、古賀さんが犯人だということは分かっていたが、ここまであっさりと事件を認めてくれるとは思っていなかった。


「実は砂橋くんよりも前に大塚さんと一緒に夜食を作って食べていたのは僕なんだよ」


 二人のプレイヤー用に二分割にされた画面で左側の僕が操作しているキャラクターの周りが赤くなる。

幽霊の攻撃を受けてしまったのだ。そこにすかさず古賀さんが操作しているキャラクターが来て回復薬を振りかけて帰っていく。


「ずっと夜食を一緒に食べていたんだけど、二ヶ月前くらいかな。もう一緒に夜食は食べないと断ったんだよ」

「それは毒殺事件のせいでですか?」


 古賀さんは目を丸くしたが、すぐに笑って、ずれてもしない丸眼鏡の位置を戻した。


「もう他の誰かに聞いてたんだね」

「大久保さんと稲垣さんが教えてくれました」


「ああ、なるほど……。確かに、毒殺事件のことはあったけど、僕が夜食を断ったのは体調面に関することで断ったんだよ。ちょっと食事制限をすることになってね」


 食事制限を一切していないように見えた大塚さんと、夜食を一緒に食べていたのに食事制限をするために夜食を食べなくなった古賀さん。仕方のないことだと思うのだが、わざわざ古賀さんがこんな話をするということは、古賀さんと大塚さんの間で何かがこじれてしまったのだろう。


「夜食を食べないと断ると大塚さんは怒りだしてね。信用できないっていうのか! と激昂されて厨房を追い出されてしまったよ。彼は僕のことを避けていたけど、落ち着くまで待っていようと思ってたんだ」


 古賀さんはゲームを一時停止して、目の前のリンゴジュースを一口飲んだ。


「でも、ある日、大塚さんが公衆電話で話しているのを聞いたんだ。とある農家との契約を打ち切るってね。その農家の名前は僕の娘が嫁いでいった先の農家だったよ」


 古賀さんの真似をするようにして僕も目の前のリンゴジュースを飲む。


「しかも、電話越しに契約をやめる理由を話していたのも聞いたんだ。僕が大塚さんの料理を食べなくなったから信用できないって言ってたよ」


「信用できないのに、古賀さんが渡したリンゴジュースは飲んだんですね」


 なにもおかしなことは言っていないつもりなのだが、古賀さんは膝を叩いて笑い始めた。


「確かに。僕は大塚さんに公衆電話での話を聞いたと言って、どうか契約を打ち切らないでほしいと頼んだんだ。娘の嫁ぎ先のリンゴ農家で作ったジュースを飲めば、契約打ち切りは考えなおしてもらえるはずだって言ってね。ほら、あの人、美味しいものには純粋だから」


 大塚さんが古賀さんのことを信用してリンゴジュースを飲んだのか、それとも美味しいと古賀さんが絶賛するリンゴジュースの味が気になって飲んだのかは分からない。


 あるのは、大塚さんが毒入りのリンゴジュースを飲んで死んだという事実だ。


 しかし、どうしても違和感が拭えない。


「でも、巻き込んで申し訳ないね……。まさか、ここに来たばかりの君が疑われるなんて思ってもみなかったよ。みんな、毒殺事件と繋げると思っていたから」


「……古賀さん。もう一つだけ質問してもいいですか?」

「いいよ」


「今までの毒殺事件の犯人は古賀さんですか?」

「ノー」


 画面の中で僕の操作しているキャラクターが幽霊に襲われて死んでしまった。


「僕が殺したのは大塚さんだけだ。理由もなく、人を殺したりしない。……まぁ、理由があったとしても殺してはいけないんだろうけどね」


 大塚さんを殺したのは古賀さん。


 しかし、古賀さんは長良澪さんと井土侑大さんのことは殺していない。


 以前起こった二つの毒殺事件の犯人は別にいる。


「教えてくれてありがとうございます」

「僕のことを犯人として突き出すかい?」


「もうしないんですよね? 理由がないので」

「ああ、しないよ」


 腰をあげて、残ったリンゴジュースを飲み干すと彼はコントローラーを置いた。


「僕の受けた依頼は、長良澪さんと井土侑大さんの毒殺事件の解明なので……ああ、いや、毒殺事件だから古賀さんもどうにかしないといけないのかな?」


「僕はもうなにもしないよ。約束しよう」


「それならいいです」


 僕が肩を竦めると古賀さんはゲームの電源を消して、少しの間黙ってしまった。これはもう帰っていいものかと悩んでいると彼はまた笑い声をあげた。


「事件を解明したり、依頼と言ったり、まるで探偵みたいだね」

「探偵ですからね」


 僕の返答にまた彼は笑った。おやすみなさいと言うこともなく、僕は部屋を出た。すぐに古賀さんの部屋の扉ががちゃりと閉まる音がした。


 顎に手を当てて考える。


 古賀さんは前の二つの毒殺事件の犯人ではない。他に犯人ではないと断定できるのはずっと部屋に引きこもっている雨宮さん、そして、協力者の真島先生だ。


 他の人間にはまだ疑いが残っている。


 手っ取り早い方法なら一つだけ思いついているけど、それをやるには犯人に目星をつけたり色々根回しをしないといけないので面倒だ。


「とりあえず、何か飲もうっと……」


 カフェスペースの真ん中に突っ立っていたとしてもいい閃きが起きるわけでもない。

 僕が大きくため息をついたと共に、右の脇腹に強烈な痛みが走った。


「い……っ」


 痛みと共に後ろから突き飛ばされて、受け身もとれずにカフェスペースの床に倒れ込む。打ち付けた肘の痛みよりも脇腹の痛みが鋭くて、思わず、右の脇腹を見る。ナイフが刺さっている。大きさからして、果物ナイフ。


 視界を急いで動かす。


 階段に人影はなし、後ろにも人影はなし。痛みに判断が遅れている間に逃げたらしい。口を引き結んで目を瞑る。足音なども気になる音も一切聞こえなかった。


 僕は震える指先で左手首の腕時計の赤いボタンを押し込んだ。


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