夕暮れサロン殺人事件【30】
起きて、顔を洗って、コーヒーをいれて、執筆スペースであるローテーブルの前に座る。もうすでにこの行為を続けて一週間も経つ。砂橋の行動に目立ったものはないはずなのだが、赤西はパソコンの前から離れない。
彼女は俺よりも早く起きて、俺よりも遅くに寝るのだが、睡眠時間が足りているのかどうか怪しい。
「砂橋さんの方は昨日も大きな変化はありませんでした。しいて言うなら、大塚耕太とは夜食友達になり、大久保和花が開催したスイーツ教室に他の入居者達と一緒に参加したり、毎日古賀錦の部屋にゲームをしに行っているくらいですね」
「まぁ、そんなことだろうと思った」
毒殺事件の解決よりも、今の状況を楽しんでいるのは、気のせいではないだろう。砂橋はお菓子や料理を食べて、金も払うことなく、だらだらと過ごすのを楽しんでいる。
他の入居者達もその生活を楽しんでいるように見えるのだが、この中に確実に毒殺事件の犯人がいるのだ。
警戒もせずに他人からもらった菓子を口に放り込む砂橋を見て、心臓が冷える。もし、他人からもらったものの中に毒が入っていたら?
最悪の状況を頭の中から振り払うように首を横に振る。一週間、映像に集中している赤西の近くで休憩を多く挟むわけにもいかず、執筆は進んでいる。元々締切が近いものも一つ終わらせてしまった。
自分の家で執筆をしているよりも早く出来上がってしまった。
「弾正さんは今まで砂橋さんと一緒に行動をしていたんですよね?」
「ああ、そうだな」
俺は探偵事務所の人間ではないのだが、砂橋がよく俺を呼びだして、事件に付き合わせることもしばしばだ。
「砂橋さんの私生活がどのようなものか知ってますか?」
「知ってるが……特別面白いことをしているとは思えないぞ」
家具もほとんどない砂橋の部屋で、砂橋がすることといえば、寝ることぐらいだ。休日はふらふらと出かけるか、家で寝ているか、俺の家でゲームをするか小説を読むかぐらいだ。
「じゃあ、砂橋さんの家族に会ったことは?」
赤西の言葉に思わず身体が固まってしまう。そんなことを聞いてどうするつもりなのか。いや、彼女はただの好奇心で俺にそのことを聞いている可能性がある。
他人のことを調べつくす彼女のことだ。もはや、職業病なのだろう。
いや、他人のことを調べつくしているのであれば、俺だけではなく、もちろん砂橋のことも調べているに違いない。砂橋の家族のことも。
「それを俺に聞いて何がしたいんだ? 砂橋の家族のことを知ってるはずだよな?」
「……調べてますからね」
「だったら、聞かなくても分かるはずだ」
俺は眉間に皺を寄せて、ノートパソコンを開いた。苛立ちを彼女にぶつけるのもお門違いだ、と俺は自分の仕事に集中することにした。




