夕暮れサロン殺人事件【27】
午後五時。
赤西が言っていた通り、固定電話が鳴りだした。ちょうどの時間ではなく、三分ほど遅れていたが、それは将棋をしていたからだろう。
「はい。砂橋さん。報告です」
受話器を手にとった赤西が砂橋の言葉も聞かずに報告を開始し始めた。一応、形のためか砂橋は「もしもし。久しぶり~」と言っていた。
「真島圭は現在独身ですが、離婚した妻と娘がいて、現在、十四歳の娘は難病のため、入退院を繰り返しています。この病気を治すためにはアメリカに渡らないといけないため、莫大な金が必要らしいです」
『なるほどねぇ』
俺には電話を通しての砂橋の声は聞こえないが、モニターに繋げているイヤホンから砂橋の声が聞こえる。
『ああ、ところでそっちはどう? だいぶ仲良くなったんじゃない?』
「あとハッキングをして分かったのは、この夕暮れサロンには監視カメラが外にしかつけられておらず、中の様子は分からないということです。居場所は分かりますが、そこで何をしているかまでは分かりません」
『仲良くなれてそうならよかったよ。僕もここでの生活は楽しめそう。今のところ、大塚さんと雨宮さん以外には全員出会ったよ』
「居場所を確認してみましたが、大塚さんは午後五時から六時は厨房にいることが多いみたいです。今も厨房にいるので行ってみてはどうでしょう。雨宮さんは一切部屋から出ていないようです」
赤西は広げた資料を手元に手繰り寄せた。
『そういえば、今日はチューリップを植えたんだよ。久しぶりでちょっと楽しかった』
「この夕暮れサロンに搬入された食料や薬や医療器具のリストも入手しましたが、毒などに使用できるものはありませんでした」
『へぇ、そうなんだ?』
全く関係ない世間話を話しているように見せていると分かっているのだが、ふとやり取りが成立する。
夕暮れサロンに運ばれたものに毒になりそうなものはない。ということは、個人が毒を持ち込んでいたのか。
毒を夕暮れサロンにいれるには、自分で毒を運んでくるか、面会してきた人間に持ってきてもらうかの二択になる。
「ちなみに入居者達は半年前の毒殺事件から一度も外出などをしていません。面会にきていたのは数人いたみたいです。古賀錦の娘さん。杉崎仁の元部下。大塚耕太の息子。勝俣美琴の夫。一ノ瀬千穂理の友人。このぐらいですね」
半年前から一度も外出していないというのは、精神的にいいのだろうか。ずっと缶詰だったら、誰だって気が滅入るだろう。中庭は散歩できるほど広くはなかった。
「あとは看護師の女性二人はたまに外出をしています。看護師はローテーションを組んで一ヶ月のうち休みの日が何日かあって、その中で外出をしているみたいです。ちなみに真島圭も半年前からは一度も夕暮れサロンから出ていません」
真島医師は難病の娘のために稼がねばいけない理由がある。だから、夕暮れサロンに常駐するこの仕事でも文句は言えないのだろう。そして、この夕暮れサロンでの仕事は儲かるに違いない。
「こちらでも、毒などの購入履歴を持つ人間がいないかどうか、洗ってみます」
『うん。また電話するからその時に詳しい話を聞かせてよー。それじゃ』
砂橋は公衆電話に受話器を置いた。
その流れるような動作を見て、俺は思わず固まる。そして、赤西を見る。赤西も俺の方を見ていたからか、視線がぶつかる。
「……砂橋さん、弾正さんと話をせずに終わりましたね」
「そうだな……」
「本当に助手なんですか?」
「助手ではないな」
憐れむような視線を向けられたので、俺は彼女に映像を流れているタブレットを返して、執筆作業に戻ることにした。




