夕暮れサロン殺人事件【25】
「あ、砂橋さん! これをどうぞ!」
中庭へ行く一階のガラス張りの扉を開けると奥野さんが軍手を差し出してきた。
「こんにちは。あなたが新しい入居者だね。みんなが言っていたけど、本当に若い人がここに来るなんてね」
「色々と込み入った事情がありまして」
煉瓦を並べて作られた花壇の前に樋口さんが座り、一定間隔に穴を作っていた。その隣に小柄の男性がいた。少しだけ伸ばしている髪をうなじあたりでまとめている男性の名前は赤池海。
元外資系会社の取締役社長。現在は、彼が社長をしていた会社は彼の兄がまとめている。彼が社長を退任するまで、彼は何度か事故などで死の危機に瀕したと資料にはあった。
僕もまぁ、彼と同じような理由でここに来たことにしているので、彼とは状況が似通っているかもしれない。
何しろ、彼は僕を抜くと、ここの入居者では最年少だ。
「砂橋です。よろしくお願いします」
「赤池海だ。よろしく」
赤池さんは樋口さんと同じように穴を掘っていて、手を差し出すことはしなかった。
「じゃあ、砂橋さん、植えていきましょう」
どうやら、僕と奥野さんは樋口さんと赤池さんが作った穴に球根をいれて、土を被せる役目を任されたみたいだ。
「この区画ってチューリップの区画だったんですか?」
中庭はこぢんまりとしていて、分けられた花壇ごとに花が咲いていた。きっと今土をいじられている花壇も、前はチューリップ以外のものが植えられていたに違いない。
「あー、つい最近まで他の花が植えられてたんだけど、その花が嫌いだって言う人がいて、むしっちゃったんだよね」
赤池さんがぎこちなく言葉を続ける。
「むしった? 花を?」
「色とかが気に入らないって言ってたかな。俺はよく聞いていないけど、普段はそんなことを言う人じゃないのに、びっくりしたな」
「誰なんですか?」
「古賀さんだよ」
赤池さんの言葉に思わず僕も目を丸くした。
古賀さんなら僕のことをゲームに誘ってくれたし、今のところ初対面の僕にもよくしてくれる優しい印象だ。花をむしるようには見えない。
まぁ、人は第一印象が全てじゃないし、古賀さんにも僕の知らない一面があるのだろう。
第一印象からすでに最悪の人間は他にいるとして。
杉崎さんの印象が今後よくなることはないだろう。
球根を植え終わると樋口さんはさっさと中庭から出て行ってしまった。元々無口な人なのだろう。奥野さんは僕と赤池さんから軍手を受け取って、嬉しそうに微笑んだ。
「砂橋さんって私と同い年ですよね! 仲良くしましょう!」
まさか、看護師である奥野さんに仲良くしようと言われるとは思わなかった。
「そうですね。仲良くしましょう」
にっこりと微笑むと奥野さんは「やった!」と喜んで、中庭から出て行った。僕も自室に帰って手を洗おうと扉に近づいたところで後ろから赤池さんに声をかけられた。
「砂橋さん。大久保さんにはあまり近づかない方がいいよ」
「……どうしてです?」
「なんとなく」
赤池さんの言葉の意味は分からなかったが、彼はそれ以上助言をするつもりもないようだったので、僕は彼を置いて中庭から出て行った。




