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夕暮れサロン殺人事件【19】


 赤西がテーブルの周りにどんどんとパソコンと資料を広げている。仕事場を広げていくのはいいが、そこはダイニングテーブルなので、飯を食べる時に全てどけなくてはいけないことを彼女は分かっているのだろうか。


 たぶん、分かっていないんだろう。


 となると飯の時間になると俺がローテーブルから本やノートパソコンを移動させなくてはいけないのだろうか。


「そういえば、弾正さんは歴史小説を書いていると聞きましたが」

「ああ……」


 もしかして、赤西は俺の本の読者なのだろうか。笹川が俺の書いたミステリーを読んでいるのは知っているが、彼は俺が砂橋を題材にしているから読んでいるに過ぎない。


「弾正さんは東海の方の武将が好きみたいですけど、私は九州が好きなんですよね」

「……そうか」


 俺は何を聞かせられているのだろう。


「ああ、あとあなたの書くミステリーは好きじゃないです」


 俺は思わずマグカップに入れたコーヒーを零しそうになった。彼女が俺の書いたミステリーを読んだということは、色々とバレているのだろう。


 俺の書く探偵小説の探偵役の元となっているのが砂橋だということが。


「私、探偵だとしてもある程度の倫理観は持っているべきだと思うんですよね。好みの問題ですけど、探偵が身近な人間を振り回すのは別にいいと思います。身近な人間も振り回されることをよしとしているから探偵から離れないんでしょうし」


 彼女は探偵も節度を持つべきだと思うタイプの人間か。


 確かに、小説の中には節度と正義感を持っている探偵ももちろんいるが、砂橋は違う。


「でも、依頼人や巻き込まれた人間まで振り回すのはいかがなものか、と思います」


 本当に好みの問題だ。

 探偵の性格などを気にするのであれば、自分の好みの探偵が出ている小説を読めばいいだけの話なんだから。


「ということは、俺のミステリー小説も歴史小説も好みではないと? 一冊読んでそれで終わりか?」

「いえ、全部読みましたよ」


 ローテーブルに置きかけたコップを倒しそうになった。


 どうして、そこまで好みではない小説を全部読もうとしているのだ。この人は。


「砂橋さんの保護者ですからね。私が身近にいる人間のことを知ろうとするのは職業病です」

「いくらなんでも、書いている小説を全部読む必要はないだろう……」


 本を読むには労力と集中力と時間がいる。わざわざ身近にいる人間を調べるために何十冊も読む必要はないと思うのだが。


「私、仕事には手を抜かない主義なので」

「俺を調べることは仕事なのか……」

「ノーコメントで」


 砂橋の保護者のようなことをしているから俺を調べたと言っていた。ということは、同じ探偵事務所に所属している砂橋や笹川のことも調べているのだろうか。


「砂橋や笹川のことをそうやって調べているのか?」

「もちろんです。身近にいる人間が怖い人間だったら嫌ですからね」

「……砂橋はアレだし、笹川も元々砂橋のストーカーなんだが?」


 どう考えても怖い人間ではないとは言い切れない二人だ。


 もちろん、調べつくしているのであれば、笹川がストーカーをして、砂橋が「野放しにするよりは手元に置いておいた方が安心でしょ」と言い出して、探偵事務所に置いておくことになったのも知っているだろう。


「むしろ、ここまであけすけにヤバい部分を出してくれる方が安心できます。怖いのは悪意を心の内に隠して、善人面をしている人間の方です」


 彼女は赤い縁の眼鏡の位置を指先で調整した。


「……そうか?」


 むしろ、砂橋と笹川のような人間の秘密を知っていて、自分から関わろうとする人間の方が近くにいてほしくないと思うのが普通ではないだろうか。


「そもそもこの探偵事務所にいる人間は一癖や二癖あったり、事情がある人間なので、むしろ、普通の人間がいる方がおかしいんです」


「赤西も普通じゃないのか?」


 彼女は資料を広げる手を止めて、俺のことをじっと見た。そんなにまじまじと見られると訳も分からず、冷や汗が背中を伝う気がする。


 彼女は少しの間、俺を睨みつけるように見た後、手元の資料から手を離して、両手を覆っている黒いレースの手袋を片方外した。


 その下にはケロイド塗れの引きつった皮膚があった。


 火傷痕らしいそれは指先から手首まで広がっていて、痛々しい。彼女がずっと手袋を外さなかったのも、そのケロイドを隠すためだったのだろうということは容易に想像できる。


「深くは語りませんが、そういうことです。ちょっと若い頃に、覗いちゃいけないものを好奇心で覗いた結果、こうなりました。しかし、両手を焼かれたとしても好奇心というものは抑えられず、リハビリの末、また同じようなことをしています」


 彼女はそれだけ言うと、ダイニングテーブルの椅子に腰かけて、パソコンを前にカタカタと作業を始めた。


 覗いてはいけないものを覗いて両手を焼かれた。


 それ以上、踏み込んではいけないと察して、俺も執筆作業を開始するためにノートパソコンを起動した。


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