夕暮れサロン殺人事件【17】
「本は何を読むの?」
「推理小説ですね。特に探偵ものが好きなんです。ゲームはボードゲームがありますよ。トランプにUNOにチェスに囲碁に将棋に……」
「あら、じゃあ古賀さんはまたがっかりするわね」
大久保さんと一ノ瀬さんが顔を見合わせた。
「がっかり?」
「彼ね、テレビゲームが好きなのよ。人と遊ぶためにリモコンも四つも持っているのに対戦相手がいないって嘆いていたわ」
「リモコン?」
もしかして、コントローラーのことを言っているのだろうか。
複数人でするゲームがしたいのなら、この環境はいただけないだろう。誰か一緒にゲームをしてくれる人間がいるのならいいが。
「テレビゲームも好きですよ。小型のゲーム機は持ってくるのを忘れたので、今は持ってませんけど……」
二人が話題に出しているのは古賀錦のことだろう。
元演歌歌手で、喉を病に侵されてからは表舞台から消えた大御所。年は六十一歳だが、演歌界の大御所が部屋に籠ってテレビゲームをしている姿を思い浮かべる。
「じゃあ、古賀さんには是非砂橋さんのことを紹介しないといけないわね」
大久保さんは自分の前に置いていたマドレーヌを口に運んだ。
「僕がどうしたって?」
ふと、西側の部屋から出てきた男性がこちらに近寄ってきた。掠れた声からして、彼が古賀さんだろう。そして、古賀さんの後ろには右目に黒い眼帯をつけている顔の掘りが深い男の人がいた。
黒い眼帯をつけているのは、稲垣恭平。元俳優だ。
しかし、撮影中の事故で目を怪我してしまい、その後も俳優業を続けていたが、いつの間にか表舞台から姿を消していた。きっと病に身体を侵され、ここで過ごすことを決めたのだろう。
「あら、古賀さん、稲垣さん。こんにちは」
「二人とも部屋でお喋りでもしていたの?」
「ええ、そうですよ、お嬢さんたち。俺たちも話に混ぜていただいても?」
稲垣恭平という俳優は甘いマスクで甘い言葉を吐く役が人気だったが、演技をしていない時でもそのような言葉を吐く人間だとは思わなかった。
僕が女だとバレていないことが唯一の救いだろうか。あんな言葉をかけられたら、鳥肌がたつ。
「私たちは新しい入居者の砂橋さんとお喋りをしていたの。それで、古賀さんがゲームの相手を探しているって話をしていたのよ」
古賀さんが隣のテーブルの椅子に座りながら、僕を見る。僕は口の中のマドレーヌを飲み込んで、微笑んだ。
「はじめまして、砂橋です」
「古賀です、よろしくね。テレビゲームとかはやったりするのかい?」
「はい、今は持ってきてないですけど、よくやってます。ゲーム会社に勤めている知り合いもいるのでオススメのゲームを教えてもらったりしながら」
古賀さんは膝を叩いて、笑顔になった。丸眼鏡の奥で柔らかい表情が見える。
「それはいい! 早速、僕の部屋に来ないかい? 今まで人と一緒にやりたいゲームを部屋の隅に積んでいてね!」
「あら、ダメよ、古賀さん。砂橋さんは先に私が予約をしてるんだから」
大久保さんは僕の首に手を回して、頭ごと横から抱きしめてくる。とても近い。その様子を見て、古賀さんが肩を竦める。
「先約がいたのなら仕方ない。それじゃあ、僕は次の予約にさせてもらうよ」
「そうしてちょうだい」
この夕暮れサロンに新しいおもちゃが放り込まれて、皆興味津々なんだろう。今のうちに仲良くなっていた方がよさそうだ。
「みんなでできるゲームだったら、トランプとかUNOとかあるので持ってきますよ」
「いいわねぇ。最近、カードゲームなんてやったことがないから楽しみだわ」
一ノ瀬さんの言葉で、その場にいた全員がトランプをすることになった。
もらった資料によれば、彼女はこの夕暮れサロンで最年長だ。彼女ともしっかり仲良くしておいた方がいいだろう。




