夕暮れサロン殺人事件【10】
羽田が用意した別荘に到着後、俺がトランクから本を運んでいると勝俣が出てきて、本を運ぶのを手伝ってくれた。羽田は離れたところで誰かに電話をかけていた。
砂橋は俺たちの次についた赤西と何かを話しているらしく、こちらを手伝うつもりはないようだ。
「……弾正さん」
ログハウスの中に本を運んで、手近にあるテーブルに積み上げていると勝俣に声をかけられた。
「会長から聞いてはいましたが、まさか、彼が今回夕暮れサロンに潜入する探偵さんですか?」
その質問は不安からきたのだろう。
自分の妻を助けてもらうために探偵を紹介してもらったのに、来たのが砂橋では不安か。
いや、むしろ、どのような人物が来たのなら不安ではないのか。誰が来ようが、彼は不安になるだろう。
「砂橋は性格は悪いですが……依頼をないがしろにするような人間ではないです」
俺は彼を落ち着かせようとそう言った。嘘は言っていない。
確かに砂橋が過去の事件で犯人に協力する形になったことはある。しかし、それは砂橋の知るところではなかったし、砂橋は依頼をこなしただけではなく、その後、犯人の犯行を暴いたのだ。
それ以外の依頼も、砂橋が依頼を無碍にしたことはない。
だから、今回も大丈夫なはずだ。
「……そうですか。弾正さんは砂橋さんとは長い付き合いなんですか?」
「数年程度ではありますが……」
俺はまだトランクに残っている本を取りに行こうとログハウスから出る。
「切っても切れないどうしようもない縁がありますからね。砂橋のことは注意して見ているつもりです」
俺の言葉の意味は半分と分からないだろうが、勝俣はそれ以上聞いてこようとしなかった。
「ねぇねぇ、弾正。まだ、本あるの?」
赤西との会話が終わったらしい砂橋は見慣れない黒縁の眼鏡をかけていた。
「……伊達眼鏡か?」
「そうそう。市香ちゃんがくれたの。オシャレにはまだ一歩足りないですねって。あと、たくさん飴もくれたよ。チョコレートも」
そういって、もらったらしい深い赤色の風呂敷を俺に見せてきた。ここで解いてしまったらばらばらと中身が出てしまうだろうから、中は見せてもらえなかった。
「……子供と思われているんじゃないか?」
「まぁ、お菓子をもらえるんだったら別にどうということはないけど。子供じゃないかな」
赤西は自分が乗ってきたバンから荷物をログハウスへと運ぶ。俺もさっさと運んでしまおうと慌てて本を手に取る。砂橋はやっぱり手伝うつもりはなく、黒い車の後部座席へと乗り込む。
「手伝うつもりはないのか?」
「僕は病人だよ? 手伝わせないでよ」
けらけらと笑う砂橋に俺は肩を竦めた。




