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夕暮れサロン殺人事件【2】


「早速、本題に入らせてもらいたいんだが……二人とも夕暮れサロンって名前は知ってるか?」

「知らないけど?」


 砂橋は首を傾げると俺の方を見た。俺も知らないと首を横に振る。すると、砂橋は笹川の方に視線をやった。笹川は視線を送られる前にキーボードに指を走らせていた。


「夕暮れサロン……金持ち御用達のホスピスですね。人里から離れた山奥にあるため、世間の喧騒から離れた場所でゆったりとした自分の時間を過ごすことができるとてもいいホスピスみたいです」


 ホスピス。


 人生でほとんど関わったことのない言葉だが、確か末期ガンの患者などが残りの人生を穏やかに自分なりに幸せに生きるため過ごす場所だったか。


「このホスピスに泊まっている人の情報は完全に秘匿されているみたいですね」

「そりゃそうだ。大物しかいないからな」


 笹川の言葉に羽田が肩を竦めた。

 こうして話していると忘れてしまいそうになるが、羽田も金持ちであり、大物である。


「その夕暮れサロンがどうしたの?」


 羽田は持っていた革の鞄からファイルを取り出して、何枚かの資料をローテーブルの上に広げた。そこには地図やホスピスの外観が撮られている写真など、様々なものがあった。中でも目を引いたのは人物の写真だ。十枚以上もあるが、その何人かの顔は知っている。よくテレビのニュースで見たことがある顔ばかりだ。


「半年前にホスピスで一人の女性が死亡した」

「それって病気が進行して?」


 ホスピスならそれもありえるだろう。

 しかし、それだけなら羽田はわざわざ話さない。


「どうやら、毒殺されたらしい」


 砂橋は目を細めた。

 ホスピスで毒殺事件。


「でも、事件にはなってないんでしょう? さっき笹川くんが調べても出てこなかったみたいだし」

「そりゃあ、他の入居者が揉み消したからな」

「それなら、その揉み消した人間が犯人ではないのか?」


 俺の指摘に羽田は首を横に振る。


「そうだったらよかったと思うんだけどな。これがまた厄介なことになっちまったんだよ」


 順を追って説明しようと羽田は写真を並べ始めた。

 最初に出された人物写真は老齢の若草色の着物を来た女性だった。


「彼女が半年前にホスピスで死亡した女性。長良(ながら)(みお)だ。彼女は老舗旅館の元女将でな。政界の重鎮とも知り合いが多かった。彼女の死を騒ぎ立てると色々と後が面倒なこともあり、政界の知り合いどもは沈黙。その時に……」


 羽田はまた一枚、写真を長良澪の写真の隣に置いた。今度は鼻の下に白いちょび髭を蓄えた小柄の男性だった。


「彼の名前は井土(いづち)(ゆう)(だい)。元オリンピックの水泳選手だ。彼はホスピスの暮らしをとても気に入っていたらしく、毒殺事件が騒がれると夕暮れサロンの経営が危ぶまれると思い、半年前の事件を揉み消した」


「元オリンピック選手がか? 政治家ならいざ知らず、金を持っているだけで事件を一つ揉み消せるものか?」


 俺の素朴な疑問に答えたのは砂橋だった。


「彼はオリンピックに出場した五年後に出馬してるんだよ。政界入りしたからきっと顔は広いんだろうね」


 彼が政界で太いパイプを築いたのであれば、事件を一つ揉み消すこともできるかもしれない。

 しかし、彼が揉み消したということは長良澪の死に当然彼も関わってくるものと思われるが。


「そして、三か月前。井土侑大は死んだ」

「……病気じゃないでしょ」

「また、毒殺だ」


 長良澪も毒殺。井土侑大も毒殺。


「お得意の情報網ってやつ? でもどうして、毒殺だって分かったの?」


「長良澪の死体は朝食を運んできたナースが見つけたんだが、その時の死体は苦しみながら死んだことが分かる表情をしていて、さらに彼女が死ぬ直前に飲料水を飲んでいることが分かったからだ。近くに飲みかけの状態で転がったと思われるコップがあったらしい」


 ナースによって発見された長良澪の遺体は毒殺の可能性が高いだろう。話を聞いてるだけでも分かる。朝方に見つかったということは夜中のうちに飲んだ水に毒が入っていたのか。


 心臓発作という可能性もあるだろうが、それならば、井土侑大が揉み消す必要もなかっただろう。


「次に井土侑大だ。彼はホスピスに用意されている自分の部屋で薬を飲んだ際、苦しみだして、倒れてそのまま死んだ。その様子を彼の部屋に話をしに来ていた二名程の入居者が目撃している」


 半年前に毒殺事件があり、さらに三か月前にまた毒殺事件があったとなると、警察が動かないわけがない。


「警察は調べたのか?」

「一応、調べたことにはなっている」


 歯の奥に物が詰まったような言い方が気になる。


「調べたことになってる?」

「……そのホスピスだけどな。入居者に元警視総監がいるんだよ」


 俺と砂橋は互いに目を合わせた。


 夕暮れサロンには元警視総監までもいるのか。そんな大物がいる場所に俺達が手を出してもいいのか。


「ホスピスに住んでいる全員、夕暮れサロンがなくなるのは嫌だったようだ。大事にならずに済んでいる」

「ただの住む場所でしょ?」


 砂橋の言葉に羽田はどう返していいのか分からず、難しそうに眉間に皺を寄せた。


 砂橋の意見も分かるが、世の中には砂橋が価値を見出さないものが大切だと思う人間もいる。例え、殺人事件が起こっているとしても、自分が次に殺されるかもしれなくても、居場所を移さない程、入居者にとって、夕暮れサロンは大切なのだろう。


 俺だったら、自分が住んでいるマンションで次々と殺人事件が起こっていると聞いたら、しばらく別の場所に住む。


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