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夕暮れサロン殺人事件【1】


「暇なんですか?」


 探偵事務所の自動扉をくぐると笹川が俺の顔を見てそう言ってきた。俺にも執筆という仕事はあるが、暇かどうかと聞かれたら弁明の余地がない。暇ではない小説家は週に何度も探偵事務所に足を運ばないだろう。


「……砂橋に呼ばれたんだ」


 それだけ言うと笹川は肩を竦めて、自分のデスクへと戻っていった。顔全体で「砂橋さんが言うなら仕方ないな」という言葉を表しているような表情だった。


「あ、弾正。おはよう~」


 給湯室から出てきた砂橋は湯気がたっているマグカップを持っていた。砂橋の使っているマグカップは柄が一切入っていない白いものだった。一度、客がヒステリックを起こした時に床に落としたせいで、縁が少し欠けている。本人はあまり気にしていないみたいだ。


「コーヒーいる?」

「自分で淹れる」


 砂橋にコーヒーを淹れさせたら悪戯でコーヒー味の砂糖にされかねない。


「今日はどんな用で呼んだんだ?」


 砂橋はソファーに座ると開け放ったままの給湯室の扉の前にいる俺を振り返った。


「今日は依頼人が来るんだよ。弾正も知ってる人」


 俺が知っているということは、今までの事件で出会ったことがある人だろう。


 給湯室のゴミ箱には紅茶オレの粉が入っていたスティック型の袋だけがあった。今日は紅茶の気分だったのだろう。


 俺はコーヒーを淹れて、ソファーに座る砂橋の隣に腰を下ろした。


「それで?知ってる人とは?」

「宏隆さん」


 羽田宏隆。


 羽田グループといういくつもの会社を束ねているグループの現会長を務めている男だ。前に潮騒館という館で起こった殺人事件の際、行動を共にした男でもある。


 その時に、砂橋がとあるデータを彼に渡す代わりに無理難題を報酬として押し付けられたかわいそうな男。


「羽田が依頼人か?」

「そう。何か調べてほしいことがあるみたいだよ」


 何故、俺も呼ばれたのか分からない。


 羽田とは知り合いだからだろうか。いや、依頼人が知り合いではなくてもよく探偵事務所に呼ばれて、依頼解決に同行させられる。しかも、給料は出ない。いい加減、俺にも何かしらの報酬があってもいいと思うのだが、金が欲しいかと言われればそうでもないので何も言わないでおく。


「羽田グループ周辺で起こっている怪しいことはないみたいですけどね」


 パソコンに向かっている笹川の言葉に砂橋は首を横に振る。


「表に出る情報で解決してほしいものなんて、わざわざ探偵事務所に来てまで解決しないでしょ。表のことは表で頑張るはずだよ」


 一度、無理難題を砂橋に押し付けられている羽田のことだ。砂橋への依頼がハイリスクなのは重々承知しているだろう。それならば、今回は、ハイリスクだと分かっていても依頼しなければいけない状況だということだ。


「羽田が来るのは?」

「十一時」

「あと一分だな」


 思った通り、左腕にはめている腕時計の長針が十二の数字を過ぎたあたりで探偵事務所の自動扉が開いた。


 そこにいたのは黒いジャケットに身を包んだ羽田と、その後ろにいるスーツ姿の白田だった。白田という女性は潮騒館でも羽田の付き人をしていた。潮騒館ではメイドの姿だったが、本職は羽田の護衛らしい。


「久しぶり、宏隆さん」

「ああ、弾正もいるのか。二人とも久しぶりだな」

「そうだな。そっちも元気そうで何よりだ」


 羽田が俺のことを呼んだわけではない。やはり、今回も俺は砂橋に巻き込まれたのか。


 軽く挨拶をすると羽田は早速俺と砂橋の向かいのソファーの真ん中に腰を下ろした。白田はソファーの後ろに立つ。目が合うと彼女はにこりとこちらに向かって微笑んだ。


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