B級ホラー幽霊事件【25】
俺は左手の腕時計を見た。焼肉の店に予約している時間まではまだある。
そもそも、いつからゴシックロリータを着た女性は廃洋館にいたのだろうか。一本道しかないと言うのなら、肝試しに行った三人よりも先に別荘を出発していなければ、気づかれずに先に廃洋館に辿り着くことはできないだろう。
ならば、三人が別荘を出る時にもダイニングで寝ていた明里が人形の幽霊である可能性はない。彼女が嘘をつく必要もないだろう。
ならば、三人が肝試しに出かけた時に二階にいたと言っている三人の中に幽霊がいる。
その三人の証言を思い出す。
透と由紀子は一年生同士で喋っていた。石間は廊下で二人を見たと証言しているが、透と由紀子は同じように石間を見たという証言はしていない。
ならば、幽霊の正体は石間か。
「君でしょ、透くん」
砂橋はにこにこしながら、一年の透の前に立った。自分の頭の中だけで考えていた推理が否定された気分がして、思わず指摘された本人よりも前に口を出す。
「待て、砂橋。彼は一年同士で喋っていたと言っていたじゃないか。証人もいるだろ」
砂橋は俺を振り返ると呆れたように肩を竦めた。
「噛み砕いて説明するほどでもないんだけどね」
説明するほどでもない。砂橋が直接言っているわけではないのだが、こんなことも分からないのかと言われているような気がしてくる。
「肝試しに行った三人に気づかれずに廃洋館に行くには、三人よりも早く別荘を出ないといけない。その点、明里さんは肝試しに行く時も寝ていたから無理。あと残っているのは、石間さんと透くんと由紀子ちゃん。石間さんが嘘をついているか、透くんと由紀子ちゃんの二人が嘘をついているか」
確かに、一年生の二人が口裏を合わせている可能性もある。しかし、二人とも嘘をついていると断言できない。
名指しされた透は何も言わない。
これじゃあ、俺が彼を庇っているみたいだ。
「だったら、どうして、一年生の二人が嘘をついていると思ったんだ?」
「透くんが知ってたから」
「なにを」
「肝試しに行ったのが三人だったっていうことを」
砂橋の言葉に今まで黙っていた透が「あ」と思わず声をあげた。
「帰ってきた三人がダイニングに行って手当てをしていたところに、二階にいた三人がそろってやってきた。その時に透くんが「三人とも大丈夫ですか」って言ったんだ」
二階にいた彼は長谷と新田と美幸の三人が肝試しに行ったことを知らない。
むしろ、二階にいた人間がダイニングに駆けつけた時、ダイニングには肝試しに行った三人に加えて、元からダイニングにいた明里もいた。
四人に被害があったと思うことも、怪我をしている二人だけが危険な目にあったと思うこともできる中、彼は確実に「三人とも」と言ったのだ。
ダイニングで寝ていた明里を確認したわけではないだろう。
砂橋が先ほど確認していた通り、明里は玄関ホールの扉が開いた音で起きていた。しかし、肝試しをした三人が出て行ってから帰ってくるまで玄関ホールの扉は開かれなかった。
それならば、透はダイニングで寝ていた明里も確認していないのに、肝試しに行った人間が三人だと分かっていたのだ。
「ねぇ、あの時どうして三人だって言ったの?」
「それは……なんとなく」
「なんとなく? 廃洋館で三人を見たからじゃないの? それで彼らが土手に落ちた横を通り過ぎて別荘に先に帰った。そうだなぁ。君が三番目にお風呂に入ったのも帰ってきてすぐにお風呂でメイクを落とすためじゃないかな?」
砂橋はじっと透の瞳を見る。
「だったら、由紀子はどうして透と話を合わせたりしたの?」
美幸が首を傾げて由紀子を見る。
人形の幽霊の正体は彼らも気になっていたが、どうやら、犯人に対して怒りを覚えているわけではないらしい。
「嘘に協力したんだよ。きっと何か目的があるに違いない。たとえば……ずっと透くんと一緒にいたということで他の犯行の犯人である可能性を消したりね」
砂橋がにこにこと笑っている時は、たいてい現状を弄んでる時だ、と俺は思う。俺にはできないことだが、弄べるほどに現状を理解しているという点では俺は砂橋に敵わないだろう。