B級ホラー幽霊事件【22】
『いたたたたっ』
『ちょっと、大丈夫?』
別荘のダイニングルームのテーブルの上に救急箱が置かれ、椅子の上に怪我をした片足をあげた新田が消毒液を傷口にかけられて、痛みに声をあげた。
カメラを持っている長谷は新田とは向かいの席に座っており、こんな時でもカメラを回して、ダイニングルーム内を映した。
その場には出てくる時には酔っぱらって寝ていた明里の姿と申し訳なさそうに新田の怪我を治療している美幸がいた。
『何があったの?』
『肝試ししてたら本物が出たんだ!』
興奮気味にそう言い出したのは長谷だった。一緒にあの廃洋館の前の少女を目撃した新田と美幸が口を開く前に玄関ホールの扉が開く。その音だけで長谷は息を呑んで、そちらへとカメラを向けた。
玄関ホールの扉を開けてダイニングに来たのは石間と由紀子と透だった。
『騒がしいけど、なにかあったの?』
『うわぁ……痛そうですね……』
『三人とも大丈夫ですか?』
別荘の中にいる映像研究サークルのメンバー全員が集合し、長谷は「実は……」と神妙な口調で語りだした。
『洋館に幽霊が出たんだ!』
『幽霊?』
素っ頓狂な声をあげたのは誰だか分からなかったが、あの少女を見ていない人間にはなんのことか分からないだろう。
『廃洋館に人形の幽霊がいたんだ!』
『人形の……幽霊……?』
なんのことか分からないだろう。
俺も先ほどの映像を見ないまま、こんなことを宮岸に言われたら「馬鹿言うな」と軽く頭を叩いているかもしれない。宮岸の場合、幽霊を見たと口にできるかどうかも怪しいが。もしかしたら、恐怖のあまり、失禁して、ずっと固まっているんじゃないだろうか。
『ほら、透と百先輩は見ただろ? 金庫の中にあった金髪の人形。あれにそっくりな奴が人形を抱えて家の中にいたんだよ……。こっちをじーっと見てたな』
『そ、それで……?』
石間がごくりと唾を飲み込んで、新田に話の先を促す。
しかし、その話の続きは彼女にとっては拍子抜けそのものだろう。美幸が叫び声をあげて逃げ出し、彼女を追っている途中で足を滑らせて新田と長谷が土手から落ちたのだ。その結果、新田は膝と肘に血が流れるほどの擦り傷を負い、長谷は足首を捻った。
『……ていうか、よく廃洋館にこの時間に行こうと思ったわね』
『三人とも、いくらこけたのが恥ずかしいからって、人形の幽霊なんて嘘に騙されるわけないじゃん』
明里は新田と長谷の主張を全く信じていないようで、腹を抱えて笑っていた。それに対して「本当のことなんだ!」と長谷が真剣な声音で訴える。
『だったら、映像でも見てみる? 本当に見たんだから!』
新田と長谷と美幸は、どうしても信じてほしいらしく、食い下がった。その様子に他のメンバーが顔を見合わせる。
『でも、本当に幽霊なの?』
『幽霊じゃなかったらなんだって言うんだ? この山に俺たち以外の人間はいないんだぞ?』
今回別荘を貸し出している新田が言うのなら、この山に映像研究サークルのメンバー以外の人間がいないのは本当だろう。
『……じゃあ、幽霊を本当に見たって言うんですか?』
『だって、このサークルメンバーの中に金髪なんて……』
新田はそう言いかけたと思うと口を閉じて、じっとカメラを見る。そういえば、長谷は金の短髪だった。
『僕の訳ないだろ! あの人形の幽霊を見た時、一緒にいたんだから!』
『それもそうだよな……。他の奴は全員髪は黒いし……。人形の幽霊を見た時、全員別荘にいたんだよな?』
新田の言葉に明里が肩を竦める。
『誰かがあんたたちのことを驚かすために変装したとか言いたいわけ? 私はずっとここで寝れたんだけど?』
『私も二階で寝てたけど……途中で部屋を出て、お風呂に行く時に二階の廊下で一年の子たちが話しているのを見たわ』
石間が証言して、並んでいる一年の由紀子と透のことを指で指し示した。一年二人のうち、先に口を開いたのは透だった。
『俺たちはさっきまでずっと二人で喋ってました』
その言葉に由紀子もこくこくと頷いた。
『だったら、この中の誰かが俺たちを脅かすのは無理だな……。やっぱりあれは幽霊だったんだ……』
『もしかしたら、僕ら、呪われたかも……』
そこまで言って場面が切り替わる。ガラス戸の向こうには太陽の光が溢れ、別荘の中は一行が訪れた時と同じように綺麗になっていた。




