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アイドル危機一髪【14】


「アイドルって大変ですね。なんでしたっけ……その、追っかけって言うんでしたっけ?」


 俺の言葉にはるかが「うんうん」と頷いた。


「たしかに変なファン、たまにいるよねぇ。ほら、ももみん、最初の頃いたじゃん」


 ももみんと言うのは桃実のことだろう。苺果と藤は「たしかに……」と同意するものの具体的な内容は思い出せないのか目線を虚空に漂わせていた。すると、俺が髪を束ねていた奈々が口を開いた。


「塚本さんね。今はもう出待ちしてないみたいだけど」

「出待ち……?」


 俺が鸚鵡返しにすると奈々は「うん」と声だけで返事した。俺に髪を束ねられていたから頭は動かせないのだろう。彼女も黒髪で後頭部の高いところで髪を一つに結っているのが特徴だ。藤と同じくらいの背の高さだが、彼女よりも筋肉がしっかりとついている。比べるなら藤はモデル体型で、奈々はスポーツ選手のような体型だ。


「ライブの終わりとか帰る時に裏口で待ってることよ。迷惑極まりないわ」


 彼女もやられたことがあるのだろうか。声に忌々しさが表れている。


「ああ、いたわ。ファンクラブの会員で、今も桃実のこと応援してるわよね」


 藤も思い出したのか、相槌を打った。どうやら、昔出待ちをしていた塚本という人物はファンクラブに現在もいるらしい。覚えておくとしよう。


「他にもいたりするんですか?熱狂的なファンとか」

「たまにいるわね。でもそういうファンがいるのは、たいていはるみなんだけど」


 俺の質問に藤が返してくれた。彼女の視線を追って、はるかを見ると彼女はオレンジジュースを飲んでいた。ストローから口を外して楽しそうに笑みを深める。


「たしかに~。はるみって最近テレビとかよく出てるから、ファンも増えるのは当たり前だよねぇ」


 事前に調べて分かっていることだが、はるみは前にクイズ番組で十九歳とは思えないようなおバカな回答を連発して、それがウケて、よくクイズ番組に呼ばれるようになっている。このフルーツフィールドの中で定期的にテレビに出てるのは彼女だけなのだ。


 ファンがいるって大変なんだな、と思いつつ、メイクの仕事もきちんと終える。どちらの仕事もこなしてこそだ。そうでなければならない。なにせ、俺は今、砂橋さんに仕事を任されているのだから。


「じゃあ、次ははるかさんを……」


 その後はそれぞれ出会った印象的なファンなどの話に映った。


 握手会などで必ずやってきて必要以上に話そうとするファンや、ライブの終わった後もずっと「アンコール!」と一人で叫び続けているファンなど、様々なファンの話が聞けた。


 砂橋さんが俺にとってアイドルのようなものであるのならば、砂橋さんから俺はどのようなファンに見えているのだろうか。


 アイドルに迷惑をかけている害悪なファンか、それとも純粋にアイドルを応援してマナーも守っている善良なファンか。


 俺は頭の中で自分にその問いを投げかけて、少なくとも後者では決してないと判断を下した。一瞬だけ自嘲気味に笑って、仕事に戻ることにした。


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