教授のラブレター騒動【11】
「昨日もサークルの活動だったんですよね?」
「ええ、やっていたわ。昨日はそうね……。みんな、提出日だったから追い込みをしてた子たちも中にはいたわよ」
晴美先輩は鈴のような声を転がして笑う。
「じゃあ、原稿をもらうために昨日は晴美先輩がこの教室に最後まで残ってたの?」
「ええ、そうよ」
「漫画研究サークルの人とか見たりしてない? 帰る時とかにさ」
俺が自分で書いたホラー小説のどれを見せようかと吟味しているうちに砂橋が晴美先輩に質問をしていく。
なんだかんだ言っても俺に手伝うと宣言した後からは真面目に付き合ってくれる砂橋には感謝しかない。そういえば、砂橋はサークルには所属していないのだろうか。俺の場合、今の時期のサークルは忙しくないから大丈夫なのだが、砂橋もこのように俺の手伝いをしてくれるということはサークルに入っていないのか、それともサークルが忙しい時期ではないということか。
そういえば、砂橋について俺はなにも知らない。
講義で一緒になり、ノートを貸してくれて、ペアを組む講義で売れ残りの俺と組んでくれて、さらには俺の個人的な用事に付き合わせてしまったにもかかわらず、真面目に取り組んでくれる。
それぐらいしか砂橋のことは知らない。
勝手に友人だと思っていたが、そういえば、砂橋との絡みはあまりなかった。もし、砂橋が早く自宅へ帰らなければならないと言わないのならば、夕飯でも誘ってみようか。
「帰る時? 他に帰ろうとしている人は見ていないわよ。A棟の近くにも帰り道にも知らない人はいなかったわ。そもそも夜の八時まで学校に残っている人もほとんどいないしね。今は学園祭が終わった後だし」
学園祭が終わった後なのにサークル誌を作っているのか。休む暇はないのかと考えてしまう。
「確かに、八時になったらさすがに家に帰ってたいかも」
砂橋は晴美先輩がまとめたサークル誌を業務用ホッチキスで留めていく。
軽く見せる程度であれば、数千字の短編ホラーなどがいいだろうと俺は小学生数人がかくれんぼをしている時に出会った「ぼとぼとさん」と呼ばれる女性に次々と攫われる話を画面上に開いて、サークル誌をまとめ終わった様子の晴美先輩に近づいた。
「晴美先輩、これです」
「ホラー?」
「はい、ホラーです」
晴美先輩は目をキラキラと輝かせて俺のスマホを受け取った。
晴美先輩が席に座って、俺のスマホに目を落としていたので俺はサークル誌を留め終わった砂橋の隣に座った。
「どう思う?」
「サークルの前と後にこの教室に入って、仕掛けをするのは無理そうだろう」
サークルが始まる前だとこの教室には晴美先輩がサークル誌を机の上に広げ始めるまで、教室でたむろしていた学生たちがいた。俺の所属しているサークルでもサークルの前に授業などがあったら、サークルが始まるまで本格的に残っている生徒が一定数いる気がする。
そのため、人がいない時間となるとサークルが終わった時間しかない。
しかし、サークル後の時間に人影を見なかったということは、どういうことだ?
訳が分からなくなってきた。
どうして、俺は所属してもいないサークルの手伝いをしているのだろうか。
「ねぇ、松永くん。漫画の原作書くとしたら、どんなのを書く?」
「どんなの……」
そんなことを聞かれても困る。
「ていうか、僕、松永くんの小説読んだことがないんだけど、読ませてくれないの?」
「……」
俺の小説をいつも読んでいるのは宮岸なのだが、砂橋も俺の小説を読んでくれるのだろうか。見せたい気持ちと小説を押し付けるのは申し訳ないという気持ちがせめぎ合っている。
そもそも、砂橋はどのような小説を読むのだろうか。
俺が砂橋のことを全然知らない弊害が出てしまった。
「砂橋はどのジャンルの小説を読むんだ?」
砂橋は「んー」と首を捻った。
「授業以外だと探偵小説かな。シャーロック・ホームズとか」
「なるほど」
探偵小説はまだ書いたことがなかった。
正確に言うとミステリー小説などは書いたことがあるが、探偵を主人公とした小説は書いたことがない。砂橋には探偵小説を書いて渡そう。
気に入ってくれるかどうかは別として。




