教授のラブレター騒動【10】
「漫画研究サークルにはどうして来ようと思ったの?」
お互い授業があるからと別れ、五時限目が終わり、A棟の三〇一号室の前で集合した俺と砂橋は、三〇一号室の教壇に資料らしいものをどんと置いている女性がいたので声をかけた。
「僕たち、創作学科の生徒なんですけど、漫画の原作を書きたいと思っていて、そういう時って漫画を描いている人達からするとどんな原作を書いた方が好まれるとか聞きたいなと思ってるんです」
「確かに、原作と絵が分かれているヒット作も多いわね」
俺達の話を聞いてくれた彼女は吉沢晴美。
彼女はこの漫画研究サークルの部長を務めているらしく、今日は漫画研究サークルのメンバーが描き上げた漫画を学校の印刷機で印刷してまとめたものを配ろうと準備していたみたいだ。
印刷機で印刷されたページごとの漫画を彼女は一人で一部ずつにまとめていたため、俺と砂橋は彼女の作業を手伝いながら話を聞くことにした。
「でも、やっぱり絵柄と作風が合致しないといい作品を作るのは無理だと思うわよ。どうやって、原作者と漫画家が出会うのかは私も調べたことがないけれど……」
「晴美先輩はどんな漫画を描くんですか?」
「私は今回のサークル誌では、十五ページから二十ページを担当しているわ」
彼女にそう言われた時、たまたま一部ずつまとめようと流れ作業をしていた俺の手が十五ページの紙に辿り着く。女性に見えていないまがまがしい霊が主人公の男性には見えているというものだった。紙をまとめながら流し見をした結果。最終的にその霊に主人公は見えていると気づかれてしまい、追いかけられて食い殺されてしまうという内容だった。
俺は晴美先輩を見る。
柔らかな材質のロングスカートと羽織っているケープからして、彼女がこの漫画を描いたのだとはどうしても思えない。いや、作者と作品が必ずしも結び付くわけではないのだから、そのような考え方をすべきではないのだろう。
しかし。
漫画の中の黒い、内臓の集合体のような霊の、無数の目と俺の目が合ったとような気がして、思わず目を逸らす。
「へぇ、晴美先輩ってホラー漫画書くんですね」
俺と晴美先輩がページを一枚ずつとって、まとめたものを業務用のホッチキスを使って留めていた砂橋が簡易的な本として完成したサークル誌を捲っていた。
「昔から人間じゃないものを描くのが好きだったの。だから、どうしても人間よりもそっちの方を描きたくなっちゃうのよね」
どうやら、本当に晴美先輩があの禍々しい物体を描いたらしい。
「松永くんと砂橋くんはどんな小説を書くの?」
「あ、僕はあまり書かない人間なんです。授業の一環で書くぐらいで、小説をがっつり書いてるのは松永くんなんで、僕は今日、松永くんの付き添いって感じです」
「へぇ、そうなのね!」
晴美先輩の興味津々な視線が俺へと向けられる。砂橋が上手く晴美先輩の興味を自分から逸らして、俺を生贄に捧げたような気がするのは気のせいだろうか。
「そうですね、俺は、得意分野というのが今のところ思いつかなくて、色々と探り中です」
もちろん、嘘をついているわけではない。
無謀にも恋愛小説に挑戦しようとしているのも、いろんな小説のジャンルに挑戦してみようという俺の試みから来ている。自分が書くのが好きなジャンルと、いい物が書けるジャンルが必ずしも一致するとは限らない。
「じゃあ、いろんなジャンルに挑戦中?」
「は、はい」
晴美先輩の声が弾んでいるのは、気のせいではないだろう。いや、気のせいだと信じたい。
「じゃあ、ホラー小説を書いたことある?」
キラキラとした視線が俺に降り注ぐ。砂橋の方から笑い声が漏れたような音が聞こえてきたが、幻聴かどうかは分からない。
「あ、あります……」
「読ませて! お願い!」
「は、はい……まぁ……いいですよ……」
晴美先輩の押しに耐えられずに俺は自分のスマホを取り出して、なくならないようにネット上にも保存している俺の書き上げた小説のデータの中から晴美先輩がご所望のホラー小説を探す。




