教授のラブレター騒動【8】
砂橋は食堂で一番安い油揚げもなにものっていない素うどんをトレイにのせて帰ってきた。トレイの上には食堂の横にあるコップものせられていた。
「松永くんは? 昼ご飯はどうするの?」
そう聞かれて俺は朝のうちに買っておいたコンビニの冷やしおろしうどんをビニール袋ごと黒革の鞄から取り出した。
「よく入ったね、その鞄に」
「縦に入れれば入る」
ビニール袋から自分の昼ご飯のパッケージを開封する。大根おろしとネギとしょうがをうどんの上にのせ、めんつゆの入った袋を開く。
砂橋はまだ熱いはずなのに、黙ってさっさとうどんをすすって、つゆの一滴まで残さず飲み干すと、俺がテーブルの上に置いたままにしていたメモ帳を手に取った。
「文学背景Aの授業で集めたレポートの束の中にラブレターが挟まってたってこと?」
めんつゆをかけて少しまとまっているうどんを割り箸でほぐしながら俺は頷く。
「そして、松永くんがそのレポートの束を見つけたのが今日の一時限目の授業の直後。それじゃあ、文学背景Aの授業があった昨日の三時限後から今日の一時限目が始まる前までに差出人はこのラブレターを仕込んだことになるね」
「もしかして、文学背景Aの授業をとっているのか?」
「まぁね」
砂橋はペンを手に取り、メモ帳に昨日の日にちと三時限目という言葉を『文学背景A』と書かれた横に書き加えた。
「文学背景Aの授業でレポートの提出をしたのは昨日。先週は提出もレポートもなかったしね」
昨日の三時限目から今日の一時限目前までの間。
「もちろん、これが浜元教授の自作自演でなければの話だけど」
「自作自演? その可能性は低いだろう」
「どうして?」
「どうしてって、浜元教授には誰かからか分からないラブレターをレポートの間に挟んで教壇の中にわざと忘れるようなことをする理由がない」
ラブレターを生徒からもらったと大学内で吹聴されたら、困るのは浜元教授だ。わざわざ自分自身にデメリットしかないことをする理由はないだろう。
ラブレターを見つけたのが俺だったからいいものを、他の噂好きの生徒が見つけていたらどうなっていたことか。
「じゃあ、自作自演の可能性は低いということで。文学背景Aの講義をした場所だからA棟の三〇一の教室?」
「そうだ」
「じゃあ、三〇一がどの授業で使われたのかを調べよう。学生事務室にちょうどいいものがあるよ」
砂橋が言っているのは学生事務室にある教室の使用状況を確かめる帳簿のことだろう。
俺もサークルの先輩が帳簿を確かめて、サークルのメンバーに毎月使える教室を連絡しているのを見ている。砂橋は自分の荷物をさっさとリュックサックの中に突っ込むとじっと俺のことを見る。その視線が急かしているようで落ち着かない。
「ほら、さっさと食べて」
言葉でも急かされ、俺は書き込むようにうどんと大根おろしを胃に流しいれた。




