教授のラブレター騒動【2】
「余っちゃったから一緒にプレゼミの発表することになったね。よろしくね、松永くん」
目の前にいる砂橋のことはよく知っていると言うほどではないが、前に他の講義で欠席していた時のノートを写させてもらった恩がある。
そういえば、あの時の恩を返していなかったなと思いつつ「よろしくお願いします」と俺は砂橋にぺこりと頭を下げた。
「近代文学の短編を一つ、この指示された中から選んで発表だって」
浜元教授の「文学プレゼミA」を受講している生徒は十四人。そして、今回、二人一組になって、指定された短編の中から一つを選び、それについて考察などをした上での発表をすることになっている。
目つきが悪いからなのか、他に問題があるのかは知らないが、俺は余ってしまい、それを見かねた砂橋が声をかけてきたのだ。
「余ってるのあんまりないね」
「グループを決めた人間がさっさと決めて出て行ってしまったからな」
もう昼食の時間だ。浜元教授は席の一つに座って、文庫本を開いていた。本のカバーが邪魔で何を読んでいるかは分からない。グループ決めが終わったことと発表をしたい短編を選んだことを報告した生徒から教室を出て行ってるのだ。
いつの間にか、教室には俺達と浜元教授だけになっていた。
「浜元教授、何が残ってるんですか?」
「砂橋くん、ペアは決まりましたか?」
「松永くんとです」
砂橋はさっさと浜元教授の席の前まで回り込んでいた。俺も自分の荷物をテーブルに置いたまま、話を聞きに行く。浜元教授の前には、紙が一枚あり、簡単な表にグループの番号と名前は二つ、そして、発表する短編の題名と作者名が書かれていた。
その横には今回、浜元教授がこの中から選ぶといいと言った十の数の短編の題名と作者名がある。
「松永くん、選びたい?」
「いや……」
「じゃあ、僕たち、これでお願いします」
砂橋は「水族館」と書かれた題名を指さした。浜元教授は文庫本を閉じて、万年筆を握るとさらさらと砂橋の名前と俺の名前を書き始めた。
「好きなのかい?」
「いえ、直感です。どれも読んだことがないので」
砂橋はそう言い切ると、俺を振り返った。
「松永くんは読んだことある?」
「いや、ないが……」
浜元教授の前で読んでいないとはっきり言ってもいいのだろうか。文学に関係するゼミを体験させてもらっているのだから、少なくとも「どれも読んだことがない」と胸を張るべきではないと思うのだが。
しかし、浜元教授は砂橋と俺に微笑んだ。
「それなら、考察に関して元々の知識が邪魔することなく、スムーズに考察を述べることができますね」
よかったよかったと浜元教授は言って、俺達の名前を書いた紙をクリアファイルの中にしまうと席から立って「お疲れ様です」と俺達に礼をして教室を出て行ってしまった。




