栖川村祟り事件【8】
「ほら、あんみつができましたよ」
材料は午前のうちに仕込んであったので、後は追加することにした桃を切って、材料を盛り付けるだけでよかったのだろう。
かき氷やそうめんのつゆなどをいれるのにうってつけの透明のガラスの器に、これまた透明な寒天と真っ白な白玉、しっかりとした粒が見える粒あん、そして、カットされた桃と、そこから溢れ出した桃の果汁がある。
「めちゃくちゃ美味しそう……」
「テーブルに並べていってちょうだい」
砂橋は栖川さんに言われた通りに出来上がった器をテーブルの上へと順番に運んでいった。
そういえば、気になったが、この家は昔ながらの家で襖や畳の部屋の柱や床や梁は年季が入っているようだったが、キッチンとダイニングは年季の入った他の柱の色とは違い、明るい小麦色のフローリングに覆われていた。
「キッチンとダイニングだけリフォームしたんですか?」
「ええ。今まで土間だったんだけど、それじゃあ、大変だろうってリフォームされたのよ」
砂橋が人数分の器を運び終えると、濡れた手を拭いて栖川さんは席についた。
ダイニングのテーブルの周りには五つの席がある。栖川家の三兄弟と栖川さんと亡くなった旦那さんの分だろう。旦那さんが亡くなって余るはずの椅子も来客が四人もいるものだから、余ることなく、人が座ることになる。
「いただきまーす」
砂橋がスプーンまで配り終えると我先にと両手を合わせ、スプーンで白玉と粒あんをすくい、口にくわえた。嬉しそうにその頬が緩む。
杏里も樹も同じように「いただきます」と言う。杏里は桃を一欠片すくい、樹は粒あんだけを少し口に含む。二人とも美味しいという言葉を口には出さなかったものの表情でそれを表現していた。
俺も「いただきます」と手を合わせて、寒天と桃、そして、白玉を器用にスプーンの上にのせて、口に入れた。
程よい弾力のある白玉が二、三度噛んだだけでは小さくはならず、追加で粒あんの味を口の中にいれて、ようやく飲み込めた。粒あんも口の中で味が広がり、粒が食べにくいということもなく、白玉に味をつけるにはちょうどよい頭だった。
「美味しいですね」
「褒めてもなにもでないわよ」
栖川さんも自分で作った白玉あんみつを食べて、顔を綻ばせていた。
「そういえば、お焚き上げがあるって杏里さんに聞いたけど、栖川さんはお焚き上げに行くんですか?」
砂橋の質問に栖川さんは「どうしましょうね」と首を傾げた。どうやら、決めていなかったらしい。
栖川さんが行くのなら、俺も砂橋もついていくことになるだろう。
「お焚き上げは二十一時からだけど、あなたたち、起きていられる?」
俺と砂橋は思わず目を合わせた。
俺も砂橋も一日の用事を終わらせたら、すぐに寝てしまうタイプなのだが、それでも二十一時就寝は早すぎる。それにその時間に眠くなるようなことはない。
「大丈夫です。その時間なら」
「俺も大丈夫です」
「それなら行きましょうか、お焚き上げ」
栖川さんの言葉に杏里が「やった!」と小声で喜ぶのが見えた。
「栖川さんと一緒に来るんだったら、うちの方のお焚き上げじゃなくて樹ちゃんの方のお焚き上げを見に行くことになるんでしょう?」
杏里が樹へと目を向けると、ちょうど白玉を口の中に含んでいた樹は目を丸くしながらこくこくと頷き、慌てたように何度も白玉を噛むとようやく口を開いた。
「う、うん、待ってるよ」
「落ち着いて食べてくれてよかったんだが」
砂橋は白玉あんみつを食べている間、終始機嫌がよさそうににこにことしていた。いつもここまで機嫌をよくして落ち着いていてくれればいいのだが。
「それじゃあ、おやつを食べ終えたら物置の整理の続きをみんなでしようかしら」
「樹ちゃんも一緒にお手伝いするわよね?」
「うん、親父に桃を持っていくついでに手伝ってこいって言われたからね。お焚き上げの準備の時間までは手伝えるよ」
墓参りに行っていた砂橋と、途中参加してくれる樹のおかげで四人で作業をすることになった。これからあの物置小屋の整理も進むだろう。
「進捗はどのくらい?」
砂橋の言葉に俺が視線を宙に彷徨わせて、自分が先ほどまでいた物置小屋の中の風景を思い出す。
「そうだな……だいたい半分ほどの荷物を物置小屋から縁側に出したはずだ」
「それなら、予定よりも早く終わりそうだね」
手伝いが早く終わるのなら、あとはゆったりできる。
「縁側に出したものを綺麗にして、居間に運ぶのを、砂橋さんと杏里ちゃんに任せて、物置小屋から荷物を全部出してもらうのは、弾正さんと樹くんに任せようかしらね」
いつの間にか一足先に白玉あんみつを食べ終わっていた栖川さんに俺は思わず静かに目を丸くした。
「ああ、ゆっくり食べていていいわよ。私は縁側の様子を見てくるからねぇ」
栖川さんはそう言うと食べ終わった器をキッチンへと戻して、縁側へと歩いて行った。
「……元気な人だな」
「分かるわ、その気持ち」
「うん、分かる」
俺の呟きに杏里と樹が反応した。




