栖川村祟り事件【7】
真っ白な白玉と透明な寒天、小豆の形が分かる粒あん。
墓参りに行く前はとても沈んだ表情をしていた砂橋が浮かれたように跳ねるように帰ってきたのを見て何事か、殺人事件でもあったのかと思ったが、どうやら、栖川さんがおやつの時間だからデザートを作ってくれると言ったらしい。
その言葉にずっと作業をしていた俺と杏里も思わず軍手を外して、縁側にあがった。
「栖川さん、お茶もらってもいい~?もう喉がからから~」
「あらあら、杏里ちゃん、好きに飲んでもよかったのに」
了承をもらった杏里は飛びつくように冷蔵庫から麦茶を取り出して、それをコップに注ぐと勢いよく飲みほした。これは、自分の分は自分で注ぐしかないと俺もコップをちょうだいして、麦茶を飲んだ。「僕のも」と言う砂橋の分も注いでやった。
どうやら、砂橋も栖川さんのどちらも文句を言っていないのを見ると墓参りで粗相はしなかったようだ。
「すいませーん、栖川さんいますかー?」
ふと、玄関の方から若い男の声が聞こえた。
「はーい」
「あ、樹ちゃんだ」
「え」
明らかに今聞こえてきたのは男の声だったが、もしかして、今まで幼馴染だと杏里が話していたのは男だったのか。勝手に女性だと解釈していた。俺と砂橋も誰が来たのか気になったので栖川さんと杏里の後ろを歩いて玄関へと向かうと、好青年が発砲スチロールの箱を両手で持って待っていた。
「お客さんが来るのなら栖川さん家に持っていけって親父に言われたんです。桃です。皆さんで食べてください。もちろん、杏里も」
「わーい!桃だー!」
杏里は子供のように喜び、とりあえず、俺は彼も家にあがれるようにと発砲スチロールの箱を彼から受け取った。
「ちょうどええところに来たね。樹くんもあがってってちょうだいな。今からあんみつ作るからね」
「栖川さんのあんみつですか?それならお言葉に甘えさせてもらいます!」
どうやら、栖川さんの作るあんみつは杏里も樹も食べたことがあるようで、見るからに嬉しそうにしていた。
「今朝、砂橋さんと弾正さんがいつ来るか分からなくて暇で作ってたのよ」
栖川さんはキッチンに戻ると寒天を立方体の形に切って、器に並べた。
「弾正さん、桃を二個くらいとってくださいな」
「はい。分かりました」
俺は発砲スチロールをあけた。ずいぶんと立派な美味しそうな桃だ。開けた途端、ぶわりと桃の香りがする。発砲スチロールに閉じ込めていた分、濃厚な香りだった。
「わぁ、桃だ。美味しそう」
砂橋は床に置かれた発砲スチロールの箱を覗き込んで目を輝かせた。俺も桃を食べるのは久しぶりだ。スーパーで見かける以外に桃を食べることが滅多にない。
コンビニで発売している桃の味がするジュースなどは、桃の味や匂いはすれど、桃ではないので物足りなさがするのだ。
「この桃をどうするんですか?」
「切って、あんみつにいれるのよぉ。きっとおいしいわ」
なるほど、桃を入れたあんみつか。白玉に桃の汁がかかっていれば、味もちょうどいいだろう。
「抹茶のソフトクリームとかも乗せたくなるね」
砂橋の言葉に杏里が「なにそれ、絶対美味しい!」とはしゃいでいた。子供みたいな会話をする二人を眺めて、栖川さんが桃の皮を丁寧に剥いていく。
「そいうえば、樹ちゃんの話をしていたのよ」
「俺の話?」
杏里が俺のことを指さした。樹がこちらの方を見たので少しむず痒い気分になる。本人や周りの人間にばれていないとはいえ、勝手に女性だと思っていたのだ。少し気になるのはしょうがない。
「杏里とは幼馴染で昔から遊んでいたという話をされた」
「ああ、なるほどね」
どうやら、その程度のことは村では周知の事実のようで、樹はなんてことのないように頷いた。
「この村って二人よりも若い人はいるの?」
「あー、今のところいないね。俺たちが最年少かな。子供もいたけど、小学校にあがる年齢になって、都会に引っ越していったんだよ」
確かに毎日子供を小学校まで送り届ける労力を考えると、小学校が近場にある都会に引っ越した方がいいかもしれない。
六年間、いや、中学校や高校も入れるとさらに六年間。合計十二年間は子供の学校の送迎をしなくてはいけないのだ。やはり、引っ越した方が得策だと思う人間もいるだろう。
「なるほどねぇ」




