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緋色の部屋【29】


 砂橋くんが日記を開いて「こほん」とわざとらしく言うと、開いたページの文字を読み上げた。


「英雄に帆奈美からのプレゼントを自慢してやった。悔しそうな面をしてたのがめちゃくちゃおかしかった。英雄はまだ帆奈美に未練があるみたいだ。そりゃそうだ。帆奈美は俺と英雄にとっては唯一の幼馴染の女の子だからな。大学試験に英雄が落ちたことを俺は今でもネタにして英雄を笑ってるぜ」


 佐川さんの顔をみるみるうちに赤くなっていく。


 これ以上彼を怒らせてどうする気なんだろう。もし、彼が怒りに任せて拳を振り上げてきても、僕には砂橋くんの盾になるぐらいしかできないよ。


「うわぁ、木村結人さんって性格の悪い人だったんだねぇ。まぁ、それも佐川さん限定で悪い人だったみたいだけど」


 佐川さんは「ああ、そうだよ!」と怒り任せに肯定をしつつ、もう一度拳をテーブルに叩きつけた。


「あいつは嫌味な野郎だ!俺がいまだに帆奈美のことを好きなのを分かって、いっつもからかってきやがる!」


「あ、喉渇いたから飲んでもいい?この日記あげるよ、先生」

「え、あ、うん」


 砂橋くんが冷蔵庫の方に自由気ままに歩いていくのを見て、佐川さんはため息をついた。私は佐川くんの前に腰を下ろしながら、砂橋くんから渡された日記のページをめくった。


「日記に度々出てくる大学受験ってなんのことだい?君たちにとってはよほど重要なことみたいだけど」

「……俺と結人は、帆奈美のことを大学受験に賭けてたんだ」


 賭けていた。


 一人の人間に対して使う言葉ではないと思うが、ここは指摘しないでおこう。


「帆奈美は頭がよかったからな。俺たちじゃ受からないような大学に行こうとしていた。だから、俺たちは大学に受かった方が帆奈美と付き合うという賭けをしたんだ」


「そして、木村さんが大学受験に成功して、君が落ちたんだね。そのことを木村さんはずっと言っていたみたいだ」


 佐川さんの顔は怒りで真っ赤になっているが、その怒りが僕や砂橋くんに向けられることはないだろう。佐川さんが怒りを他人に向けようと思う人間だったら、とっくに僕が床に転がっている。


「それじゃあ、佐川さんはいまだに帆奈美さんのことが好きなのも、木村さんは知っていたのかい?」


「そりゃ知ってただろうな。毎回、牽制でもするかのように、飲み会通話の時に、プレゼントでブレスレットをもらっただの、ワインをもらっただのと勝ち誇ったような顔をして報告してきたからな」


 それはまた……。


 故人のことをとやかく言うつもりはないが、木村結人もなかなかの性格をしていたようだ。


「コーラとワインしかなかったんだけど、水があってよかったよ。コーラの気分じゃなかったし」

「文句言うなよ」


 佐川さんの言う通りだ。どうやら、砂橋くんは新品の水の小さなペットボトルを持ってきたようで、ためらわずに砂橋くんはそれを開けると一口飲んでいた。


「で?動機だけかよ?」


 佐川さんが砂橋くんを睨みつけた。


「そもそも、俺が結人と通話をしていたって分かってんだろ?それなら、俺は結人の家に放火なんてできないはずだろ?それに火事は警察が事故だって、判断したんだから、今更調べても無意味なはずだ」


 まくしたてるようにして、言葉を連ねる佐川さんの発言は何も間違っていない。


 ここから木村結人さんの家にはいくら夜中で車の通行量が少なくなっていると言っても電車を使わなくてはいけない。このアパートには駐車場がなかった。もし、佐川さんが自身の自動車を持っていない限り、ビデオ通話を終わらせてすぐにストーブをつけに行くことは不可能だろう。


「家から出なくてもいい方法を思いついたから試したいんだよね」


 砂橋くんの嬉しそうに声を弾ませた。


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