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姿のない文通相手【1】


「非常に……非常に……遺憾ですが、これは弾正に渡します」


 唇を噛みしめた笹川は今日は長いストレートの黒髪に薄茶色のロングスカートに白いカーディガンを羽織っていた。彼の手にはチケットが二枚と割引券が二枚握られていた。


「ああ、笹川くん、結局弾正に渡すんだ?」


 ちょうど給湯室から出てきた砂橋が、断腸の思いでチケットを俺に差し出している笹川と、困惑して受け取っていいものかと悩んで手をあげることができずにいる俺を見て、そう言った。


「これは?」


「牧場……みたいなところの無料のチケットです」


「お姉さんが笹川くんと僕で行ってくればいいんじゃないかってくれたんだよ」


 俺は笹川を見た。


 笹川は砂橋と二人で出かけることができるのならば、喜んで行くと思ったが、それがどうして俺にチケットを差し出しているのか理解できない。


 いったい何があったら嫌いな俺と大好きな砂橋に一緒に出かけるように働きかけることができるのか。


「笹川くん、動物苦手だからねぇ」


 それは初めて聞いた。


 砂橋の言葉は本当らしく、笹川は心の底から悔しそうな表情をして、いつまでも受け取らない俺の胸にチケットと割引券を押し付けて、自分のデスクへと戻っていった。


「……よるがの高原、牧野の村?」


「いろんな動物がいたり、謎解きゲームが開催されてたり、美味しいご飯を食べたり、色々できるんだって」


 牧場のような施設があるのなら、牛乳やチーズなどが美味しいに違いない。砂橋は十中八九それが狙いだろう。


「……いつ、行きたいんだ?」


「弾正、連れてってくれるの?」


 笹川は俺にチケットを渡してもいいかどうか、俺が探偵事務所に来る前に砂橋に確認したはずだ。連れて行かせるつもりのくせに聞くのか。


「行きたいんだろ?」


「そんなに弾正が行きたいなら一緒に行ってあげるよ」


 あくまでも俺が行きたいと言い出したことにしたいらしい。深い意味はないだろう。


 俺はため息をついた。


「仕方ない。連れて行ってやる」


 砂橋は嬉しそうににこにことするとソファー席に戻って、いれたばかりのアイスティーを飲み始めた。

 それにしても、笹川は砂橋との外出というイベントを嫌いな俺に渡すほど動物のことが苦手なのか。


「そんなに動物が嫌いなのか?」


「服に毛がつくんですよ」


「は?」


 確かに毛のある動物は近くにいるだけで毛が服につくことはある。猫を飼っている知り合いの家にお邪魔した時に、すり寄ってきた猫によってズボンが毛塗れになった記憶はいくつもある。


 しかし、それは動物を嫌いになるような理由になるのだろうか。


「そんな理由でって今思いました?」


「……ああ」


 笹川に恨みがこめられたかのようなどんよりとした目で睨まれても、思ったことは事実だ。否定しようにも彼にはバレてしまうだろう。


「初めて自分のバイト代で買った一張羅を実家の猫の爪とぎにされて、毛塗れにされてみてください。愛情が行き場のない絶望に変わりますから」


 俺はそれ以上、笹川に話を聞くのをやめた。


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