学校潜入編【33】
「こんにちは!僕は弾正先生の助手の砂橋です!今回は、弾正先生の中学時代の同級生である七瀬さんのご厚意で二年二組の皆さんには簡単に質問に答えてもらいたいと思います!」
壇上に立つ砂橋の隣に俺も立って、二年二組のクラスメイトの顔を見回す。
依子と夕夏、庭崎を含め、二年二組の生徒とは初対面ではないため、じろじろと好機の目にさらされることはなかった。むしろ、生徒の注目が集まったのは七瀬の方で、俺と同級生だということを驚かれているみたいだ。
事前に七瀬には廊下で話をしている。
生徒達に聞きたいことがあるので、七瀬には教室を出て行ってもらうふりをする。
そう。ふりをしてもらうのだ。
「ということで匿名のアンケートということで、皆さんには今から机に顔を伏せてもらいます。はいはい。皆さん、顔を伏せてくださいね!」
砂橋の言葉に二年二組の生徒達は「アンケートってなんだろー?」とくすくすと笑いながら、机に顔を伏せた。
このような形でアンケートをとったところで、手をあげるか否かや怪しいものだ。
「じゃあ、すみません。七瀬先生。生徒達の素直な反応を見たいので、出て行ってもらってもいいですか?」
「は、はい、分かりました」
そういうと黒板側の出入口の傍に立っていた七瀬は、扉を開けたと思うと少しして扉を閉めた。七瀬の位置は動いていない。
「じゃあ、まず一つ目の質問です」
俺はポケットからメモとペンを取り出した。
「タピオカを別に美味しいとは思わないけど、オシャレだからって買ってる人、手を挙げて~」
なんだ、その質問は。
ふざけた質問に生徒達のうち数人が顔を伏せたまま声を出して笑ってしまった。
手を挙げたのは三人だった。
「おー。ちなみに僕はタピオカを飲むのならミルクティーの味が好きです。では、次の質問に行きます。校長先生のことを汗っかきだと思う人、手を挙げて~」
なんと全員が手を挙げた。
「なるほどなるほど。でもまぁ、校長先生もハンカチを常備してるみたいだから自覚はあるみたいだよ。次の質問、正直弾正先生の小説、読んだことないし、全然知らないって思う人~?」
「おい」
俺が砂橋に苦言を呈す前に庭崎以外の全員が手を挙げたので俺はメモ帳にこの結果だけは書き残さなかった。
「ははっ。分かる分かる。僕も弾正の本、読んだことないもん」
お前の俺の助手だという設定はどこに行ったというんだ。
「じゃあ、突っ込んだ質問をしちゃおうかな。この学校にいじめがあると思う人、手を挙げて」
少しの静寂の後、生徒全員が手を挙げた。
砂橋は嬉しそうに口元に笑みを浮かべたが、それとは対照的に七瀬が信じられないようなものを見るかのように口を両手で覆っていた。
「それじゃあ、手は挙げたままで、この教室にいじめはないと思う人は手を降ろして」
誰も手を下げない。
「なるほどなるほど。皆、手を降ろして。いじめって嫌だよねぇ。じゃあ、次の質問。いじめを止めようとしたことがある人は手を挙げて」
教室の三分の一が手を挙げた。
三分の一の生徒が加害者である葛城のいじめを止めようとしていたのに止められなかったのだ。確かに学校内でずっと付きまとわれるのは嫌だろう。もしかしたら、自分がいじめの次の被害者となってしまう可能性がある。
「実は僕がいた中学校でもいじめがあったんだよね。まぁ、今となっては終わったことだけど。なるほどなるほど。アンケートできてよかったよ」
砂橋は俺の方を見てから、悪戯っぽい笑みを浮かべてから、生徒達に向き直って、口を開いた。
「やっぱり、いじめの加害者と、口止めをしてきたいじめの被害者がいないと素直にいじめがあるって言えるんだねぇ。はい、もう顔をあげていいよ」
生徒達は顔をあげた。
砂橋に訝し気な目を向ける生徒、入口あたりで立ち尽くしている七瀬に気づいて驚く生徒。様々な生徒がいたが、一人の生徒が手を挙げた。
「ダンジョー先生はいじめについての小説を書くの?」
「分からない」
質問をしてきたのは依子だった。
正直、取材は書く内容がはっきりしてから確認のためなどに行いたいものだ。何も思い浮かんでいないが、取材をするということは俺はあまりしない。
「決まってないなら、いじめの話を書いてよ。書くなら、昔もいじめがあったってちゃんと書いてね」
今の子供はいじめと切っては切り離せない印象が伺えるが、昔はそんなことはなかった。今の子供だけ悪役が当たり前のように言われるのは嫌だと確かに言っていたか。
「分かった。善処しよう」
「そういえば、弾正先生が中学生の時っていじめがあったの?」
砂橋が世間話でもするように俺に尋ねた。
「ああ、あったが……」
「いじめた方?いじめられた方?」
「いじめた方を殴って乱闘騒ぎにして謹慎処分を食らった方だ」
目を丸くして数秒後、砂橋は腹を抱えて笑い始めた。
生徒達も砂橋の笑いに釣られてか、笑い始めた。
教室で一人、笑わずに立ち尽くしていたのは七瀬だけだった。




