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潮騒館殺人事件【24】


「海女月さん!」

「砂橋に、弾正か」


 海女月は壁に背をつけて、俺たちのことを待っていた。呼び出されたのは捜査一課の近くにある個室だった。


「呼び出したのは、愛のことと、砂橋に追加で聞きたいことができたからだ」


 個室の扉を開けて、海女月は先に俺たちを通す。ドラマでよく見る容疑者の話を聞く部屋だ。まぁ、別に俺たちは罪を犯していないし、他に聞かれたくない話だから個室を使うのだろう。


 個室に二つしかないパイプ椅子に俺と砂橋が腰かけると海女月は窓側に立って、腕を組んで、背を壁に預けた。


「電話で伝言したように容疑者である愛が死んだ。すぐにテレビでも報道されるだろう」

「死んだってどうやって?」


 砂橋の質問ももっともだ。連行される時に刃物も何も持っていなかったはずだ。


「口の中にピアノ線を隠していたらしい。いつから隠し持っていたのかは分からなかったが」


 海女月はそれから砂橋に愛からの依頼についての内容を事細かに聞いて、それを手帳にメモしていた。


 復讐の手助けをしていない、という裏付けと、そして、自殺教唆の疑いを晴らすためだろう。そんなことはしていないはずだ。砂橋の受け答えに満足したのか、一時間ほど経ってようやく俺と砂橋は個室から出してもらえることとなった。


「すまなかったな、呼び出して……」

「いいんだよ。お勤めご苦労さん」


 俺は砂橋の後をついて歩いた。警察署に来るのは四回目か、五回目か。それこそ、何もなければ来るようなところでもない。これでここに来るのか最後になればいいのだが、目の前を歩く砂橋がいれば、そうもいかないだろう。


 俺はため息をついた。


「なんだ。ため息をつくことでもあったのか?」


 前方から聞き覚えのある声がして顔をあげると、そこにはスーツ姿で髪型を仕事用に整えた羽田と、メイド服ではなくこちらもスーツを来ておさげだったのを後ろで束ねた白田が立っていた。


「宏隆さんと白田さんも呼ばれたの?」


 事件の話ならもうさんざん聞かれただろうに今更何を聞くというのだろう。羽田は首を横に振った。


「別件でな。今、うちのグループの膿出しをしてる途中で、それを気にくわないと思ってるやつらにちょっと脅迫されて、その相談に来たんだ」


「大変だねぇ。でも、聞いたよ?羽田グループの会長、引退するんだってね」


 羽田はにやりと笑って、顔を寄せて、声をひそめた。


「引退させてやったんだよ」

「長男はどうしたんだ?」


 確か、羽田は次男だったはずだ。羽田グループは長男が継ぐという噂を聞いたことがある。


「家の地位にあぐらをかいてたから、これを機に海外の支部に送ってやったよ。工場勤務でいい汗かいて痩せてるんじゃないか、今頃」


 会長が引退し、その跡を継ぐ長男を左遷させたとなると、羽田グループを継ぐのは目の前にいるこの男かもしれない。しかし、ずいぶんと腹黒いことをやっていた会長のことだ。その下で甘い汁をすすってきた幹部たちは羽田のことを気に入らないのだろう。


「でも、さすがに二人で出歩いて大丈夫なの?」

「ああ、それは白田がいるから大丈夫だろ」

「今朝から二人ほど投げ飛ばしました。疲れましたね!」


 にこやかに言う白田は半ば投げやりに見える。その小さい体で投げ飛ばしたとはどういうことだと、分からず眉間にしわを寄せると羽田が笑う。


「こいつ、俺お抱えのSPでな。SPの事務所から俺のところに引っ張ってきて、さらに格闘のプロとか雇って訓練させたんだよ。だから、弾正や砂橋くらいだったら数秒もせず床とキスさせられるぜ」


「遠慮しておこう」


「僕も武道派じゃないから遠慮しておくよ」


「いつでも稽古つけますよ?」


 白田の申し出に俺と砂橋は首を横に振った。羽田が言っていることが本当なら白田はプロだ。稽古をつけてもらったとして、こちらが怪我をすることはないだろうが、痛くないということはないだろう。


「そういえば、砂橋。報酬はどうするんだ?」

「そうそう。ちょうどよかった。俊久さん、このまま羽田グループ牛耳っちゃうんでしょ?」

「まぁ、そのつもりだな」


「じゃあ、羽田グループが所持してる建物とか場所とか権限とか、好きな時に使える権利。報酬として欲しいなぁ」


 砂橋が楽しそうに目を細めた。図々しすぎるお願いにさすがの羽田も目を丸くした。何か言う前に砂橋が口を動かす。


「もちろん、権限を使いたい時はその都度俊久さんに確認をとるし、犯罪には使わないよ」


 楽しそうににこにこと提案する砂橋をしばらくの間じっと見ると、深いため息をついて、羽田は頷いた。


「拒否権はあるんだろうな?」

「もちろん!」

「なら、それでいい……」


 羽田もよく砂橋相手に「報酬は言い値で」なんてことが言えたものだ。俺だったら死にかけてる以外の状況ではそのようなこと絶対に言わない。


「じゃあ、また進展があったら遠慮なく話してね。話し相手にならいくらでもなるから!」

「ああ、また何か頼むかもしれない。その時は依頼する」


 羽田は肩をすくめると俺と砂橋とすれ違った。


 警察署を出ると駐車場で待っていた笹川の車へ行く前に「ちょっと待って」と砂橋が俺を呼び止めた。なんだ、と振り返ると砂橋はズボンのポケットから煙草のケースとライターを取り出していた。たまに吸いたくなるのか。喫煙所に入って、入り口近くに立った砂橋が煙をふかす。


 俺は煙草は吸わないので、外で待つことにした。



 今回、木更津愛は自身の復讐を果たした。


 砂橋は止めることもできたはずだったが、止めることはなかった。砂橋は「かわいそうでしょ?」と言っていたが、果たして、本当にそうだろうか。


 復讐を果たした愛は自らの人生を絶ってしまった。もし、復讐を終えていなかったら生きていたのかもしれないのに。やはり、復讐は止めるべきだったのだろうか。たとえ、彼女がそれで苦しんでいたとしても、第三者として殺人は止めなくてはいけなかったのではないか。


 そんなことを考えているとふと俺の隣からくすくすと笑い声が聞こえた。砂橋は煙草の吸殻を灰皿スタンドへと放り込んだ。



「復讐なんてさせなければよかった、とか思ってる?」


「……近からず遠からず、だな」


 喫煙所から出てきた砂橋は肩をすくめた。


「たまたま知り合っただけの赤の他人のくせに、十数年恨み続けてきた相手への復讐を止めるなんて、おこがましいと思わない?」


 砂橋はにこにこと笑いながらこちらを見てきたが、その笑顔が本心だとは思えない。むしろ、俺のことを責め立てるような視線に俺は思わず、目を逸らした。


「わぁ、あからさま。まるで、知り合ったばかりの赤の他人の復讐をたまたま止めちゃったみたい~」

「白々しい」


 苦虫を噛み潰した俺の言葉に砂橋はけらけらと笑いながら駐車場へと歩いていってしまうので、俺はその後をついていくことしかできなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] レビュー全文 【簡単なあらすじ】 ジャンル:ミステリー 初めの事件は、主人公が友人である探偵に誘われ、ある大手のメーカー社長から個人的なパーティーへ参加するため岬に建てられた潮騒館に訪れ…
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