学校潜入編【24】
「いじめを止めようとは思わなかったのか?」
さすがにメモとペンを出すことはやめた。
いつものようにメモとペンを取り出してしまったら、彼女達は口を閉ざして二度と俺に話してくれなくなるだろう。
依子と夕夏はちらちらと周りを見回した。
二人とも「んー」「あー」とどう伝えようか迷っているようだった。
「最初は私たちも他のみんなも止めようとしてたんだけど~」
「止めたら、葛城の奴、超つきまとってくるし、でも、学校内でつきまとってくるだけだから、先生達に相談しても、若い子供達の恋バナだと思って取り合ってくれないもん」
依子が「あれ、超キモいし、ウザかった~」と顔をくしゃりとして、口をすぼめると夕夏も「ほんとにねー」と共感した。
どうやら、この二人だけではなく、クラスの人間も何人かいじめを止めようとしたらしい。
いや、待て。
一度いじめを止めたことがあるのなら、どうして、この前にやったと言っているいじめ調査のアンケートではいじめがあると答えなかったんだ。
いじめの被害者が自分への報復を恐れてアンケートに正直なことを書けないというのは想像できるが、彼女達はいじめの被害者でも加害者でもない。
なおかつ、行われているのがいじめであると自覚し、止めようとする意思があったのなら、アンケートにこそ「いじめがある」と証言するべきだったのに。
「でも、びっくりしたよね」
「ほんとにね」
俺の思考を遮るように依子と夕夏が話題を変えた。
「何がだ?」
「だからさ、この前いじめのアンケート調査があったじゃん?あ、ダンジョー先生は知らないと思うけどあったんだよね」
それは実は知っている。そして、その結果「いじめはなかった」ということになっていることも知っている。
依子が思案するように両腕を組んで、首を傾げる。
「アンケートにはいじめがないって書くようにしてくれって被害者くんに言われたんだよね」
「は?」
どういうことだ。
いじめの被害者である人間が、いじめのアンケート調査で嘘をつくように言っていたのか。
「そうそう。クラスメート全員に言ってたんじゃない?」
「待ってくれ。それなら、いじめの被害者はアンケートがあるのを知っていたのか?」
俺の質問に彼女達は首を横に振った。
「私達も知らなかったから、被害者くんも知らなかったと思うよ」
「それに、アンケートがある一ヶ月……いや、二ヶ月以上も前からたまに言ってたもん」
訳が分からなくなってきた。
ふと、ポケットの中に入っているスマホが揺れる。
スマホをポケットから取り出すと依子が「ダンジョー先生、もしかして、恋人?」と聞いてきたので「違う」と答えておいた。
新着メールに砂橋からのメールが来ていた。
『死体の所持品から二年二組の葛城くんが死体になってるっぽいよ。今から二年二組の担任に話を聞きに行くね』
思わず、椅子から一センチ浮き上がって、理性を働かせて、元の位置に戻した。
しかし、俺の驚きは顔と動きに出てしまっていたらしく、依子と夕夏は目ざとくそれに気づき、指摘してきた。
「なになに、ダンジョー先生?やっぱり、恋人からの呼び出し?」
「早めに返信した方がいいんじゃない?」
「いや、本当に恋人じゃない。仕事の話だ」
殺人事件は俺の仕事ではないが。
二年二組の葛城といえば、今まさに話に出ているではないか。
しかも、今から砂橋は二年二組の担任である七瀬に話を聞くと言っている。砂橋が彼女が担当しているクラスを知っているかは定かではないが、教え子が亡くなったという報告を受けて、彼女が大丈夫なのかどうかが心配だ。
そして、何よりもそんな彼女に俺もいない状態で砂橋と会わせるのが一番心配だ。
「ダンジョー先生、険しい顔してるよ?」
「締め切りに追われてるんじゃない?」
けらけらと何事も心配しない彼女達が羨ましい。
彼女達二人は池の死体を見たのだ。
例え、それが遠くからだとはいえ、二人とも死体を見たにしては普通の女子中学生の日常会話をしている。
死体なんてなかったようだ。
彼女達にとっては、今している話に比べれば死体などさして重要ではないのだろうか。
「やっぱり、返信をしよう」
「そうした方がいいって」
スマホを握り直し、俺は砂橋にメールを打ち始めた。
『二年二組の担任は七瀬だ。それと今、二年二組にいるがどうやら葛城はいじめの加害者らしい』
メールを送信したが、すぐに反応が返ってくるわけではない。一刻も早く返信してほしいが、気にしてもしょうがないだろうと俺はスマホをポケットの中にしまった。




