学校潜入編【2】
小説を書いているだけの俺にお願いとはどういうことだろう。
「影虎くんが知っている探偵さんを紹介してもらえないかな?」
「探偵を?何か困ってることでもあるのか?」
「私が、っていうよりも私達の母校で困ってる事が起こってるかもしれないの」
七瀬が私達の母校と言うのであれば、朝日多北第一中学校のことしかないだろう。
「困った事とは?」
「いじめがあるかもしれないの」
七瀬は手に持っているグラスに視線を落とした。
「私、二年前から赴任していて、今年度からあるクラスの担任をやってるんだけど、もしかしたら、いじめがあるかもしれなくてね。でも、私が見ている範囲では起こってないし、生徒から相談されたこともないの」
いじめという単語に思わず眉間に皺が寄る。
俺の周りはとても平和でそのようなことが起こった記憶はない。少なくとも中学校と高校は。
大学生時代はいじめとはまた違うが、様々なことが起こりすぎてもはや闇鍋状態だ。
「どうして、いじめがあると思ったんだ?」
もし、彼女がなんとなくいじめがあると思っているのなら、学校も調査をできずにいるのだろう。
彼女は周りを警戒するように視線を左右に動かすと、一歩だけ俺との距離を縮めて、耳打ちした。
「ある日、私のジャケットのポケット中に紙が入っていたの」
彼女は声を潜める。
久しぶりに出会った気心の知れている仲間との再会に喜ぶ声によってその声は掻き消され、俺にしか聞こえていない。
「このままだと殺されるってその紙には書いてあったの」
「……それでいじめがあると?」
他人に聞かれたくないことはそれだけらしい。彼女は一歩引いて、元の場所に立った。
「ええ。だから調査をしたいんだけど、これだけで自分の生徒を疑うのも……。だから、いじめがあるかないかだけ確認するためにいじめの調査をしてほしいの」
「いじめの調査か……」
俺が知っていて、通っているのは砂橋の所属している探偵事務所セレストぐらいしかないが、あそこはいじめの調査を引き受けてくれるのだろうか。
浮気の調査など、普通の探偵事務所がやっているようなことを引き受けている話はたまに聞くが。
「いじめの調査をしてくれる探偵を探しているのか」
「うん。影虎くんだったら知ってるかもしれないと思って……」
彼女は不安そうに両手でグラスを持って、自分の指を撫でていた。
「知り合いにいじめの調査ができるかどうか聞いてみよう」
「本当?じゃあ、分かったら、連絡してちょうだい?」
彼女は安心したように顔を綻ばせて、ポケットから自分のスマホを取り出した。連絡先を交換すると彼女は「話を聞いてくれてありがとう」と俺の前から去り、女友達の輪へと戻っていった。
「おーい、影虎、抜け駆けかよ」
「まさか、狙ってきてる俺達じゃなくて、料理しか食べてないトラちゃんが連絡先を交換するなんてなぁ~」
「仕事の話だ。恋愛は絡んでない」
いきなり後ろから現れて肩を組んできた日向と恨めしそうな視線をこちらに向けてくる吉本にため息を吐いてやった。
「それで?お前達は連絡先をゲットできたのか?」
「できたと思うか?」
惨敗だったのだろう。
二人とも性格が悪いというわけではないのだから、がつがつしなければ恋人はできるだろうにと思いながら、俺は烏龍茶を飲むことにした。
「影虎!独身の男の二次会開こうぜ!」
「やめろ、暑苦しい」
俺は自分の肩にある日向の手をどかした。
「慰めてほしいのなら俺以外と行け。俺は仕事の話があるからな」
仕事を言っても砂橋に連絡するぐらいだし、本業とは全く関係がないのだが、こう言っておけば二人が俺を無理やり二次会に連れて行くことはないだろう。
「ちぇーっ」
日向が唇を尖らせて拗ねる。とても似合わないからやめてほしい。
「それじゃあ、俺達は独身男性反省会でも開いてるから、影虎も来たくなったら来いよ!連絡いつでも待ってるからよ!」
「そんな名前の会、誰も行きたくないと思うが?」
その後、日向は独身男性反省会に参加するメンバー集めに奔走していたが、結局メンバーは日向と吉本だけになったらしく、二人でラーメン屋でも行くかと話していた。
 




