学校潜入編【1】
学校の同窓会に来たはいいが、立食パーティーの端で適当に料理をとって、食べていると昔の友人が何人か話してきた。
「おう!影虎!最近、調子はどうだよ」
「日向か……。まぁ、それなりにやってる」
今回開かれた同窓会は、俺が通っていた朝日多北第一中学校の同窓会だ。三十人程のクラスが二つしかないため、全員知っている人間のはずなのだが、名前と顔が一致しない人間がちらほらいる。
俺に近づいてきたのは日向と吉本だった。二人とも、中学生の頃によくつるんでいた。
日向も吉本も今は企業に勤めているらしいが、詳しい会社の名前などは聞いたことがない。
「そういえば、トラちゃんって小説家になったんだっけ?」
吉本が丸眼鏡のフレームを指でつまんで位置を調整しながらそう聞いてきた。
「一応な」
久しぶりに中学生の頃のあだ名で呼ばれるとむず痒いものがある。
「じゃあ、トラちゃん先生って呼ばないとな!」
「やめてくれ。訳が分からなくなる」
「それ、影虎先生の方がよくね?」
日向と吉本はどうやら俺と同じ独身のようで、あわよくば久しぶりに仲良くなった同級生と付き合うか、もしくは仲良くなって女友達を紹介してもらおうという腹積もりらしく、話もそこそこに大勢の輪の中に入っていった。
きっと盛り上がったメンバーで二次会などに行く予定でも立てるのだろう。日向と吉本に誘われても俺は行かないが。
「あの、影虎くん?」
次は何を飲むかと悩んでいると後ろから声をかけられた。
振り返るとそこには肩甲骨までありそうな黒髪を緩く一つにまとめて、肩にかけている女性がいた。唇の左下のほくろが印象的だったことで、彼女の名前を思い出す。
「七瀬か?」
「あ、覚えててくれたんだ?」
中学生時代に彼女と話したことはあまりない。
記憶の中にある彼女はいつも窓辺の席で本を読んでいた。
「影虎くんの本、私、読んでるんだけど」
「あ、ああ……」
なんだか、知り合いに読まれていると面と向かって言われると得も言われぬ気恥ずかしさが襲ってくる。
「私、歴史系はちょっと分からないけど、影虎くんがたまに出してる性格の悪い探偵の話、好きだよ」
思わず、掴んでいたグラスを手から落とすところだった。いや、確かに俺の書いている小説の中に出てくる探偵は性格が悪いだろうが。モデルが存在するため、俺がそれに賛同するわけにはいかないのだ。
砂橋に俺の書いているミステリー小説が知られていなくてよかった。
「やっぱり、ああいうのって探偵の人に話を聞いたりするの?」
「聞くこともあるが、世の中にある探偵事務所の探偵が全員殺人事件に関わるわけじゃないからな?」
たまに探偵が殺人事件を解決することがあるという幻想を抱いている人間はいる。砂橋達は本当に特殊な例なのだ。そもそも、殺人が起こる現場にたまたま居合わせてしまうという悪運の持ち主なのだから。
俺の言葉に七瀬はくすくすと笑った。それに伴い、彼女の持っているグラスの中の烏龍茶が揺れる。
「分かってるよ。でも、ちょっとお願いがあるの」
「お願い?」