弾正誘拐編【29】
トイレのある左の建物の扉は開いており、中にはテーブルと椅子が並んでいる。小さなレストランとなっている。
「あそこの窓にいる三人組いるでしょ?」
レストランのテーブルに座っている三人組を見てみる。二人の二十代の男女とその向かいに座っている男性は六十代程だろう。
「男女二人が薫さんと耀太さん。今回、二人の婚約を向かいに座る薫さんのお父さんの紫吹さんが反対して、二人は駆け落ちの手助けの依頼を僕にしてきたんだ」
西園寺ホテルグループの会長の父に反対されてしまったら、駆け落ちするしかないと考えてしまうだろう。
しかし、その手助けを探偵に依頼するとは思わなかった。何故、俺はその場にいることができなかったのか。
「でも、その依頼の話し合いの時に薫さんに紫吹さんから「婚約者を攫った。父さんと母さんの思い出の場所にいる」的な電話がかかってくる」
「……婚約者は依頼の場にいたんだろう?」
「そうそう」
実際に攫われたのはなんの関係もない俺だ。
「そして、僕らは思い出の場所を導き出して、ここに来たっていうわけ。その道程で、僕らは紫吹さんと亡くなった妻の美樹さんのアルバムや日記を見たんだ」
「……俺が攫われたのはわざとか?それとも偶然か?」
「わざとだよ」
砂橋の言葉に俺はため息をついた。
婚約者を攫ったと言っておきながら、探偵の付き人として依頼の打ち合わせにいるはずの俺を攫った。
「たぶん、耀太さんと薫さんの二人にアルバムと日記を見てほしかったんだと思うけど……まぁ、僕達のことも調べてるみたいだし。三人の話し合いが終わったら、紫吹さんに話を聞いてみようよ」
「……そうだな」
何か理由があったとはいえ、俺は後ろから殴られたのだ。慰謝料ぐらいはもらいたいものだ。慰謝料がもらえないとしても謝罪は欲しい。
「まぁ、二人に思い出を見せたいと思うだけじゃないと思うけど」
砂橋は肩を竦めた。
どうやら、三人の会話は終わり、薫と耀太がレストランから出てきた。二人は照れくさそうに笑っていた。
耀太は砂橋に駆け寄ると白い手袋をつけたままの砂橋の手をとって、上下に振った。
「ありがとう!君のおかげで謎が解けたし、お義父さんに認めてもらえたよ!」
どうやら、前に結婚を反対されたものの今回話をして、結婚を認めてもらえたようだ。耀太の目尻には涙が浮かんでいる。
「よかったですね」
砂橋が敬語を使っている姿が新鮮で俺は目を丸くする。
「今度、改めてお義父さんとあの家で食事をしながら話そうって約束してもらえたよ!」
「どんな話をしたんです?」
砂橋が薫の方を見ると彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「お母さんとの思い出を少し話してもらいました。今度、もっと思い出話をしてくれるって」
「たくさん聞いておいた方がいいと思いますよ。僕が思うに、紫吹さん夫婦も薫さんと耀太さんも、好きなものが一緒で二人とも毎年思い出の場所に行くっていう共通点もあるぐらいだし、話せることはたくさんあると思いますよ」
薫と耀太は二人して「ありがとうございます」と砂橋に頭を下げると、マップを片手に去って行った。
砂橋はその背を見ることもなく、レストランへと入って行き、俺はその後を追った。




