弾正誘拐編【24】
三十分間のドライブ中、僕は自分の鞄から飴が入った袋を取り出して、林檎味にしようか葡萄味にしようか悩んでいた。
少し悩んだ末に林檎味の飴を選び、口に放り込んだ。
その飴玉が口の中で半分くらいの大きさになったところで、助手席に座る薫さんが運転席の後ろの席に僕を振り返った。
「砂橋さんは最初から長谷川さんがこの件に関わっていると分かってたんですか?」
「分かってたっていうか怪しんでたよ」
西園寺家に足を踏み入れて、書斎に通された時に、僕はなんだか敷かれたレールの上を歩かされているような感覚がした。
それもそのはずだ。
長谷川さんは、紫吹さんの計画を分かっていて、僕らの手助けをしたのだから。きっと僕たちが謎を解くのに手間取っていたら、長谷川さんが助け船でも出したのだろう。
ずっと紫吹さんは目的地で待っているはずなのだから。
「薫さんのお父さんである紫吹さんは、西園寺ホテルグループの会長です。そんな人の書斎には当然、会長しか見れないような資料が置いてあるかもしれない書斎に人を通すなんてありえないでしょう?」
顧客情報や取引をしている会社の情報などがあそこにはあったはずだ。
もしかしたら、本当に紫吹さんが薫さんを可愛がっていて、仕事の資料がある書斎に入ったとしても気にしない人だとしても、彼女の婚約者である耀太さんと、探偵の僕を書斎に通しはしないだろう。
「確かに……俺は薫の婚約者だけど、結婚を反対された身だし……普通、そこまで信用してない人間を書斎に入れないよな」
それになにより、タルトが美味しかった。
長谷川さんの手作りのタルトか、それとも買ってきたものかは分からないが、三人分のタルトを用意していたのだ。買ってくる時間もなかったはずだし、紫吹さんが食べるにしても三つも用意しているとは考えにくい。
紫吹さんが一日にタルトをいくつも食べる甘党だったら、たまたま家にあったと言われても納得するけど。
「でも、よかったのかな……俺も書斎に入って」
ふと、耀太さんがそう言葉を吐き出す。音楽も何もかかっていない車内で、僕と薫さんは耀太さんの次の言葉を待つ。
「だって、元々は俺が攫われる予定だったはずだろ?そして、薫が砂橋さんと一緒に謎解きをして、愛知民族博物館に行く予定だったのが、俺も一緒に書斎に入って謎解きをした」
確かに耀太さんからしたら、そう思えるかもしれない。
「だから、本当ならあの日記もアルバムも薫だけが見なきゃいけなかったと思うんだ。部外者の俺は見ちゃいけないものだと」
「部外者なんて言わないで」
薫さんが運転席の耀太さんの言葉を遮った。じっと運転している耀太さんの横顔を見つめる。
「耀太と私は結婚するの。家族になるのよ。部外者じゃないの」
「もちろん、結婚するさ。でも、君のお父さんにとっては……」
二人の間に沈黙が落ちる。
いつもだったら見てみぬフリをして弾正に任せるのだが、ここに弾正はいない。もどかしいなと思いながら、僕は小さくなった林檎味の飴を歯で噛み砕いた。
「紫吹さんは全部分かってる上で、耀太さんと薫さんにあのアルバムと日記を見せたんだと思いますよ」
「え?」
薫さんが素っ頓狂な声をあげて、僕を振り返る。
「それはいったいどういう……」