弾正誘拐編【23】
「もう行かれるんですか?」
「はい。長谷川さん。ありがとうございました」
薫さんと耀太さんがキッチンがある扉から出てきた長谷川さんに頭を下げたので、僕も軽く頭を下げた。
「思い出の場所は分かりましたか?」
「たぶん、分かったと思います」
薫さんの言葉に長谷川さんは「そうですか」と目尻の皺を深くした。
玄関で靴をはいて、扉を開けると耀太さんはエンジンをかけるためにさっさと車へと行った。
「タルト、美味しかったです」
もう少し時間があれば、追加も欲しかったなと思いながらそう言ってみる。
長谷川さんは僕と薫さんの顔を見てからゆっくりと口を開いた。
「紫吹様は奥様が一番好きな場所で待っています」
「え……」
「まぁ、そうだよねぇ。薫さん、早く行きましょう」
僕は薫さんが長谷川さんに何か問い詰めようとする前に彼女の背を軽く押して車へと身体の向きを変えてやった。
話は後でも聞けると理解したのか薫さんは急いで車へと向かっていたので、僕の手は彼女の背から離れた。
「砂橋様」
振り返ると長谷川さんはにこりといい人のような笑顔を浮かべていた。
「我々に代わって弾正様にすまなかったとお伝えください」
本当に今回の依頼は、最後まで乗り気になれなかった。
僕は長谷川さんににこりと笑みを返す。
「嫌です。謝罪ぐらい自分達でしてください」
「はは。紫吹様に伝えておきます」
僕は長谷川さんに背を向けて、すでにエンジンのかかっている耀太さんの車に駆け込んだ。




