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潮騒館殺人事件【20】


 ふと、スマホが震えたので見てみると笹川からメッセージが入っていた。


『今、警察の人とそっち向かってるんで、あと十五分ほどで着きます。ていうか、砂橋さんに電話を着拒するのやめてって言っておいてください』


 短く「分かった」とメッセージを返して、再びポケットの中にスマホを入れた。


「え、愛さんが……?」


 一つ席を開けて隣に座っていた白田が目を見開く。愛は静かに頷いて、貴鮫がとっていたクッキーの皿へと手を伸ばした。一つ、クッキーをかじった。


「今は木更津愛ですが、前の名前は吾妻愛でした」


 愛はぽつりとそう零した。


 愛の見た目年齢と苗字からして、彼女は吾妻透一の娘だろうか。となると、今回、砂橋に真相を突き止めるように頼んだ依頼人というのは。


「僕はね。真相は突き止めると言ったけれど、殺人の手助けは依頼に入ってないよね?」

「ええ、もちろん。全て私がやったことです」

「最初からおかしいって思ってたんだ」


 砂橋は、ため息をつきながら元の席へと戻っていった。


「愛さんの車がないのも、木更津元社長と連絡が取れないのも、真相を突き止めたいのに、なんで愛さんが木更津元社長については何も言ってこないのも」


 砂橋は自分のティーカップを持ち上げて、一口飲んだ。俺も席へと戻ろうと歩きながら、ちらりと愛の手元を見た。


 ナイフや鋏などの武器になりそうなものは持っていない。黒いワンピースのポケット部分は膨らんでいないので凶器を隠し持っているということもないだろう。


 席に戻り、砂橋に視線を送ると、こちらに気づいた砂橋はこくりと頷いた。


「だから、僕が死んだ件でみんなが捜査をしている間、雨が小降りになったのを確認してから僕は崖下に行ったんだ。そこには大破した車と、車の中で絶命していた木更津元社長がいたよ」


「別荘に一緒に来た夜に、酒を飲んだあの人にお父さんのことを聞いたんです。そしたら、ぺらぺらと話してくれたんですよ」


 砂橋はテーブルの上に置いていたスマホを指で押して、俺の前へと出してきた。画面は写真になっていて、ごつごつとした岩肌と大破している車だったものに打ち付ける波が映っていた。その間に挟まれるようにして、木更津貴志だったであろう肉があった。さすがに、他の者に見せるのはよそうと、俺はスマホを静かに砂橋の前へと返した。


「仲が良かったから死んだお父さんの代わりに私を育てたんじゃなくて、余計な詮索をしないように引き取って育てたんだって」


 よくもまぁ、そんな重大なことを墓まで持っていかずに酒を飲んだだけで喋りだすとは。人を追い詰めて殺した事実など、俺だったら、証拠も一切残さずに秘密を墓まで持っていくというのに。


「泥酔した木更津を誘導して車に乗せて、アクセルに棒を噛ませたんです」


 俺たちが来る前にはもう愛は木更津貴志を殺していたということか。そして、俺たちを出迎えたのだ。


「貴鮫さんも殺したのは復讐?」


「お父さん……吾妻透一が自殺した時、私は十歳だったんです。大好きなお父さんが誰かのせいで死んだことくらい分かってました。この十年間、私のことを育てるあいつのことを恨みながら育ってきました。分からなかったのは、関わった人達のことだけでした」


「それで僕に依頼したんだね」


 愛は逃げる素振りもせず、慌てる様子もなく、クッキーを食べて、ミルクティーを口に含んだ。


「砂橋さんから「貴鮫さんが関わっていた人物だ」と連絡を受けた後に、弾正さんから「砂橋さんが死んだ」と聞いた時は驚きましたが、生きててよかったです」


 人を二人殺しておいて、愛はそう言って砂橋ににこりと笑みを向けた。


「もうすぐ、警察も来るんでしょう?車を爆破したのはすみませんでしたが、これで帰れますね」

「何故、貴鮫も殺したんだ?」


 笑顔のままの愛に俺が言葉を投げかけると愛は首を傾げた。


「何故、とは?」


「少なくとも貴鮫は今後罪を問われることになるはずだった。弁護士の資格は完全に奪われ、牢の中に入り、出てきたとしても前のような生活は送れなくなったろう。それだけで復讐はすんだんじゃないのか?」


 愛は「はぁ……」とよく分かっていないような気にない返事をした後、顎に手を当てて少しだけ考える素振りをした後に顔をあげた。


「一人も二人も、殺すのは一緒じゃないですか」

「……一緒か」

「はい。だから、どうせ、牢屋に入るなら、二人の方が……本当は羽田俊久さんも殺すつもりだったんですが、息子さんが来てしまったので、残念です」


 もし、羽田俊久が来ていたとしたら、この殺人犯は三人も殺していたに違いない。砂橋はこんな奴の依頼を受けていたのか。


「砂橋さん。もうすでに依頼料は口座に振り込んでますので、心配なさらないでください」

「心配してないよ」


 砂橋は、そう言いながらスマホの画面を叩いて、自分の口座を確認していた。こんな依頼人からの依頼でも金は金ということだろう。


 少し間を置いて到着した警察に、愛は抵抗することなく連れていかれた。警察署に行って事情聴取でもするのだろう。追加のパトカーを待っている間に羽田がこちらに近づいてきた。


「砂橋」

「なぁに、宏隆さん」

「親父と木更津貴志のボイスレコーダー。もう必要ないだろう?」

「うん。もう僕には必要ないね」


 羽田の後ろには大きなスーツケースを持ってきた白田が立っていた。


「それを言い値で売ってほしい」

「羽田グループを守るため?それなら別にお金なんかもらわなくてもボイスレコーダーは破棄するよ?」

「羽田グループを潰すためだよ」


 羽田の言葉に、俺と砂橋は顔を見合わせた。


 ボイスレコーダーからも分かったことだが、羽田グループの会長である羽田俊久は、利益のためなら人の命を平気で消してしまう人間だ。吾妻透一の件以外にもあくどいことはやっているのだろう。正義感が溢れる人間というわけではないが、俺と砂橋はそういう人間に対して寛大になることはできないだろう。


「いいよ。あげる。いくらにしようかなぁ。言い値でいいなら、後から言っても大丈夫?もちろん、現実的なことしか言わないから大丈夫だよ」

「大丈夫だ。必ず対価は払う」


 砂橋はにこにことしながら、スマホの中に入っているボイスレコーダーのデータを羽田のスマホへと送った。


「まぁ、君が元から羽田会長の弱みを掴むためにここに来たのは知ってたけど」

「さすが探偵。ばれてたか」


 羽田は肩をすくめた。どうやら、羽田がここに来たのは父親に言われたからではなく、自分の意志らしい。


「もう少し自然にしたいんだったら、SPの人にメイドの振りさせるのやめた方がいいよ」


 羽田の後ろにいた白田が目を見開いた。


「今後もメイドの振りさせるなら、美味しいミルクティーの淹れ方でも学んどくといいよ」


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