弾正誘拐編【11】
薫さんに実家だと案内された場所について、広い敷地の駐車場に車を停める。四台は停められそうな駐車場には、現在、耀太さんの黒い車と、最初からあった白い車が一台ある。
「この車は?」
「お父さんの物ではないのは確かだと思います」
「うーん。それなら、誰だろ」
建物の方へと目を移す。車のナビで案内された経路を辿って、この家の敷地の周りをぐるりとまわったが、ナビに映されていた地図からして、この敷地は五百坪ほどあるだろう。これが実家だと言うのだから、僕や耀太さんの現実とは薫さんはずいぶんかけ離れた幼少時代を過ごしたのだろう。
「もしかしたら、お手伝いさんの車かもしれないです」
「うわ、お手伝いさんなんているんだ?お金持ちはスケールが違うね」
僕の言葉に耀太さんは「お手伝いさん……」と呟いていた。
そういえば、耀太さんはいつから薫さんがお嬢様だということを知っているんだろうか。水族館で出会った時はさすがに知らなかったと思うけど。
「とりあえず、家に入りましょう」
実家に来るとは思わなかったので鍵は持ってきていないんです、と薫さんは玄関横のインターホンを押した。
すると、三十秒も経過しないうちにがちゃりと大きな扉の鍵が開く音が二回もした。
僕らの誰も障っていないのに扉が一人で外側に開いていった。
「お待ちしておりました。薫お嬢様」
「あ、長谷川さん!」
どうやら、知り合いのようだ。
長谷川さんと呼ばれた男性は顔にいくつも深い皺がある初老の男性だった。しかし、背筋は曲がっていない。昔から運動をしているのか、ズボンの上から見ていても分かるほどふくらはぎなどがしっかりとしている。
「長谷川さんはお父さんの付き人をずっとやっている方なんです」
薫さんが僕と耀太さんの方を見て、長谷川さんを紹介すると、紹介された彼は「はっはっは」とゆっくりと笑った。
「私は薫お嬢様が産まれる前から紫吹さんと一緒におります。薫お嬢様のことももちろんよく知っておりますよ。産まれたてのことはこんなに小さかったお嬢様が……」
長谷川さんが自分の人差し指と親指を使って、十センチほどの長さを表現する。人間の赤ん坊がそんな大きさで産まれるはずはないのだが。
それに対して、薫さんは顔を少しだけ赤らめた。
「私が赤ん坊の頃の話はいいです!それより、長谷川さん、お父さんがどこにいるか知りませんか?」
その言葉に長谷川さんは首を横に振った。
「薫お嬢様が一人暮らしを始める前から私はこの家の家事などもしているので、今日もいつも通り仕事をしているんです。しかし、紫吹さんは今日は用事があったみたいで、朝早くに出かけて行きましたね」
「何時ぐらいのことですか?」
僕の言葉に長谷川さんは顎に手を当てた。
「そうですね……九時半より少し前のことだと思います」
九時半。
ショッピングモールが開くのは十時。僕と弾正が依頼を聞くために集合しようと言ったのもそれぐらいの時間。