弾正誘拐編【10】
目が覚めてから三度目のスマホのバイブレーションだ。
後ろ手でなんとかズボンの後ろポケットから取り出したスマホを掴むことは成功したが、だからといって誰かに何か助けを求めるほどの操作はできない。
バイブレーションの長さからして、今回も電話だろう。きっと砂橋だ。もしくは編集者。後者は勘弁してほしい。
通話に対応するには指を横に滑らせればいいだけだ。
スマホのどちらが上か下かを分かっていれば、ちゃんと操作はできる。それは二度目のバイブレーションでも判明したことだ。二回目に通話に反応できた要領で指を動かすと、途端、バイブレーションは止まる。
どうやら、通話が開始されたらしい。スマホが耳の近くにないから分からないが、何やら遠くの方で人が喋っている音が聞こえる。しかし、こちらの声は出せない。
口をガムテープのようなもので覆われていて声を出すことができないのだ。
そもそも、どうして俺はこんなところに縛られて閉じ込められているんだ。
理由が想像できない。
もしかして、また砂橋関連の面倒事に巻き込まれたのか。
自分から首を突っ込んだり、砂橋が何か起こさないか心配でついていった先で面倒事が起こるのは百歩譲って仕方ないと思えるが、面倒事が自分から俺に襲い掛かってくるのは遠慮願いたい。
しかも、今回はずいぶん乱暴な面倒事だ。
なにせ、気を失う前、後頭部に衝撃がきた。
俺は何者かに殴られたのだ。
この件が無事に終わったら絶対にすぐに病院に行って、関わっている人間に迷惑料を請求してやる。
こんな状況じゃ、ため息一つつくことすら満足にできない。
ふと、電話の向こうからではない話し声が聞こえてきた。
声の多さからして、三人、もしくは四人かそれ以上だ。男女の声が近くまで聞こえていたかと思うと遠ざかっていった。
助けを求めるか?
いや、俺を攫った人間達が近くにいるかもしれない。
こんなフィクションのようなことが起こるなど思いもしなかったから、こういう場合の対処法が分からない。砂橋ならどうしただろうか。
いや、俺が捕まるよりも砂橋が捕まった時の方が考えたくない。むしろ、砂橋が捕まるくらいなら俺が捕まる。
そう考えるとむしろこの状況はそこまで悪いものではないのかもしれないと思い始めて、俺は首を横に振った。
そもそも攫われるという状況自体よくないものではないか?
全く以てその通りである。




