弾正誘拐編【7】
「二人ともお待たせしました……」
これ以上話していると恋人に関しての惚気を聞くことになるなと思っていると西園寺さんが戻ってきた。
「どうでしたか?」
「連絡がとれませんでした……。どうやら電源を切っているみたいです」
「なるほど……」
さっきあちらから連絡をしてきたのに。こちらからの連絡はできたいということか。
「それじゃあ、お父さんの説得は無理なんだね……」
「そうみたい……」
片桐さんと西園寺さんは困ったように顔を見合わせていた。説得が不可能であるのなら、西園寺紫吹さんが電話で言っていたことを考えなければならない。
『父さんと母さんの思い出の場所に来るように』
確かそんなことを言っていた。
いつもなら、隣で弾正がメモ帳を開いて書き留めているけど、今日は弾正もいないから久しぶりに自分でメモをしよう。
スマホのメモ機能を起動させて、情報を打ち込む。情報といっても今のところ全くない。書くものといえば、紫吹さんの言葉ぐらいだ。
「西園寺さん、お父さんの言っていたお父さんとお母さんの思い出の場所というのに心当たりは?」
父である紫吹さんが西園寺さんに言った言葉なのだから、正確に分からないにしろ、何かしらのヒントのようなものは知っている可能性が高い。
しかし、西園寺さんは首を横に振った。
「ごめんなさい。分からないんです……。お父さんにお母さんのこと、あんまり聞いていなかったので……」
お母さんのことをお父さんに聞かないと分からないということは、お母さんとは話せない状況にずっといたのか。離婚したか、死別しか。
「僕は全く西園寺さんの家族の事情を知らないので、関係ないと思うことでも全部話していただきたいです」
その言葉に西園寺さんはこくりと頷いた。
「お母さんは私が三歳の時に亡くなりました。元々身体の弱い人だったみたいで」
死別の方だったか。
「お父さんは仕事で忙しそうだし、お母さんのことを聞いたら悲しませると思って……だから、二人の思い出の場所は知らないんです」
よくありそうな話を聞きながら、彼女のスマホについているキーホルダーに目を向けた。イルカの形をしたラバーストラップだ。僕からはラバーストラップの裏面が見えて、そこから水族館の名前が見える。
同じラバーストラップが片桐さんの鞄のチャックにもあるのが見えた。
思い出の場所というのは、西園寺さんと片桐さんの中では水族館ということだろう。しかし、今、必要とされているのは紫吹さんとその妻の思い出の場所だ。
しかし、肝心の娘である西園寺さんが何も知らないというのならば手詰まりになってしまう。
「……本当に、何も心当たりがないんですね?」
「はい。ないです」
申し訳なさそうに西園寺さんは目を伏せた。
他人の思い出の場所なんて知らなくても別に責められるようなことじゃないだろうに。
一見、くだらない場所でも人にとっては忘れられない思い出の場所になったりするのだから。
例えば、それが何気ない交差点だったり。
まぁ、なんにせよ。それが綺麗な思い出の場所だとは限らないが。
「それならいいです」
僕はスフレパンケーキをぱくぱくと口へと運んだ。
知らないことは悪いことではない。まだ取返しがつくのであればなおさら。これから知っていけばいい。
「西園寺紫吹さんの自宅に行きましょう」
「え?」
僕の提案に二人が目を丸くした。
「西園寺さんは紫吹さんと一緒に暮らしているんですか?」
「あ、いいえ……大学生になったら一人暮らしがしたかったので、それからはずっと一人暮らしです。大学を卒業した時に帰ってこないかと言われましたけど、もう実家で暮らすのもなって思って……」
「それなら実家にずっと紫吹さんは暮らしているんですね?」
僕の質問に彼女は頷いた。
それならば、パンケーキを食べた後はその自宅とやらに案内してもらうことにしよう。
「もしかしたら、何かヒントが見つかるかもしれないですし。調べないことには何も分かりません」
「そうですね」
「緊張するなぁ……」
恋人の実家に行くことになり、緊張する片桐さんの隣で「大丈夫だよ」と宥める西園寺さん。
僕はもう一つの可能性については伝えないことにした。
もしかしたら、その実家で西園寺紫吹さんが待ち構えているかもしれない。
その場合、片桐さんの代わりに捕まっている一般人は解放されるだろうが、別の修羅場が待っているだろう。
西園寺さんと片桐さんが捕まってしまった場合、駆け落ちは不可能になる可能性が高い。しかし、それは言わない。何故なら、僕はまだ駆け落ちの依頼に関しては受け付けていないからだ。
僕が依頼をきちんと受けたのは攫われたかもしれない一般人を助けること。
もしかしたら、攫われた一般人がいるというのも狂言かもしれないが、そんなことはどうだっていい。




