弾正誘拐編【1】
俺はスマホの画面を見た。九時五十分。
まだショッピングモールが開くまで時間があるみたいだ。俺はショッピングモールの入り口近くにあった自動販売機で微糖のコーヒーを買って、自動販売機近くの壁に背をつけるとガラガラの駐車場を見ながらコーヒーのプルタブを開けた。
今日は砂橋に呼ばれて、依頼人との話し合いに付き合うことになっている。
依頼人との話し合いの場は、このショッピングモール・モゾンの三階にある月島珈琲店だ。ショッピングモールが開店する十時から話し合いのため、喫茶店には俺達以外の人間はほとんどいないだろう。
「……珈琲店では違う飲み物を頼むか」
俺は自分の手元にある缶コーヒーを見ながら、そう呟いた。
十分もすれば、砂橋と依頼人の二人もショッピングモールにやってくるだろう。どこの入り口から入ってくるか分からないから先に月島珈琲店の前で砂橋が来るのを待っていよう。
今回の依頼はなんだろうか。
砂橋によると依頼人は探偵事務所に入るところを人に見られたくないと言っているようだ。
探偵事務所セレストに来る依頼人は知り合いなどを通しての紹介のみだ。怪しい依頼などは来ないだろう。
ふと、ショッピングモールの入り口の自動扉が勝手に動いた。もしかして、もう入れる時間になったんだろうか。開いている自動扉の向こうを見てみると、すでにお店にも電気がついていた。
先に待ち合わせ場所の喫茶店の前まで行っていようと足を一歩踏み出したところで、後頭部に鈍い痛みが走った。思わず、前によろめいたところで顔に何か被せられ、その上から口を塞がれた。
そういえば、よろめいた際に自身の左手首の時計が見えたが、長い針はまだ十二を通過しておらず、まだ十時にはなっていなかった。
まだ、ショッピングモールは開いてなかったのか、と場違いなことを考えているうちに意識が暗闇に落ちていった。