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配信殺人と呪われたゲーム【38】


「兄貴が菓子折りを持っていけと顔を歪めながら言っていたので、お菓子を持ってきました!一成と一緒に買ったんです」


 蒼梧はローテーブルの上に長方形の箱を置いた。砂橋はゆっくりと丁寧にそれを開けて「わー!」と嬉しそうな声を出す。中には網目状に広がったパイ生地の下に綺麗な黄色をしているリンゴが半分まるごといれられているアップルパイが入っていた。リンゴの周りはカスタードクリームで隙間なく埋められており、見ただけで美味しいのが分かる。


「笹川くん。人数分切り分けてくれる?」


「分かりました」


 砂橋に箱を渡された笹川はさっさと給湯室へと入っていく。


 砂橋の反応を見てよかったと胸を撫でおろしている蒼梧の隣に座っている来島の目は赤く腫れている。あの後もしばらく泣いていたのだろう。


「今回の事件の報告は、しなくても大丈夫そうだね」


「……はい。真犯人も分かりましたし」


 蒼梧の言葉に来島も頷く。


「……来島、すぐに立ち直れとは言わないが、何か困ったことがあったら頼ってくれ」


「僕じゃなくて弾正をね」


 思わず口をついて出た言葉に砂橋が補足を付け加える。


「僕はあくまで真犯人を見つけてほしいという依頼を受けただけであって、その後のアフターケアはしていないんだ。立ち直ろうが、立ち止まろうがそれは個人の自由」


 砂橋の言葉をもはや意外にも思わなくなったのか来島は驚くでもなく、視線を落として、自分の前に置かれている湯飲みをじっと見つめていた。


「ああ、そうだ。依頼料のことだけど……急すぎて忘れちゃってたなぁ。蒼梧くんだけ払う?それとも来島くんも払う?」


 確かに依頼はこなしたが、傷心中の来島の前で依頼料の話をするのは果たして適切かどうかは分からない。


「砂橋さんに頼んだのは俺なので俺が全額」


「いい。蒼梧。……俺が払う。俺が真犯人を見つけてほしいって言ったんだ」


 来島はゆっくりと顔をあげて、砂橋を見た。


「いくらですか」


「来島くんってゲーム会社に勤めているんだよね」

「え、はい」


 砂橋は嬉しそうに笑った。


「それってなんていう会社?」

「オールナイトゲーム制作会社ですけど」


 そのゲーム会社の名前ならよく聞く。俺もゲームを何度かプレイしている。ホラーゲームからアクションゲームまで幅広い分野のゲームを世に出しているゲーム会社だ。


「じゃあさ。新しいゲームでたらやるから教えてよ」


「……はい?」


「新しいゲームが発売される度に自分で調べるの面倒なんだよね。わりと忙しいし」


 閑古鳥が鳴いている探偵事務所に勤めていて、どこが忙しいと言うのだろうか。


「それって、いつまで情報を教えれば……」


「僕がゲーム嫌いになるまでかな」


 砂橋がゲームを嫌いになるということはないだろう。つまりは砂橋が死ぬまでずっとということになるのか。


 たまにお金の代わりに請求される砂橋の無茶な頼みに俺は額に手を押し当ててため息をついた。さすがの来島の砂橋のこの要求は断るだろうと彼の顔を見てみると、死んだような暗い表情をしていた来島の目に光りが差し込んでいた。


「それで、いいんですか?」


「うん、いいよ。他にも来島くんのゲーム会社以外の会社が作ってるゲームでオススメとかあったら教えてよ。ハマるかどうかは分からないけど」


「大丈夫です!色々オススメしてれば、そのうち砂橋さんの好きなゲームの傾向が分かるようになります!絶対に!」


 無理難題を言った砂橋が来島の熱量にきょとんと目を丸くしていた。蒼梧はため息をついて「ゲームの話になるといつもこうなんです……」と先ほどの俺と同じように額に手を当てていた。


 好きな人が死んだという傷心を癒すことはできないだろうが、少しは砂橋の無理難題が気晴らしにでもなってくれるだろう。


 アップルパイを食べている間、砂橋は来島に「今までやったゲームで印象に残っているゲームはなんですか?」「よく買ってしまうゲームのジャンルとかありますか?」「グラフィックは気になりますか」など質問攻めにされていて、だんだんと熱量が増していく来島に対して、砂橋が助けを求めるように蒼梧と俺に目くばせを何度かしていたのが面白くて、思わず笑ってしまった。


 すると来島を蒼梧が引っ張って帰っていった後、俺は砂橋に背中を思いっきり叩かれた。


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