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潮騒館殺人事件【16】


 食堂の扉を蹴り開けて、貴鮫を投げ込むともれなく食堂にいた全員の目線がこちらに注いだ。


「えっ、えっ、貴鮫さん、弾正さん、どうしたんですか?」


 テーブルに飲み物とクッキーなどの菓子を用意していた白田が縮み上がって、こちらに尋ねてくる。


 探偵が真相を暴く時は、登場人物の全員集合がお決まりだが、この状況はまさにそれだろう。俺には少々荷が重いが、それよりも、俺には足元に転がるこいつの醜態を白日の下に晒さなければならないのだ。


「砂橋を殺したのはこいつだ」


「ち、違う!こいつの勘違いだ!信じてくれ!」


 床に這いつくばって叫ぶ貴鮫を訝し気に見て、海女月が俺の方を見た。


「根拠は?」


「砂橋の裸を見ていないと分からない情報をこいつが知っていた。そんなことが分かるのは、入浴中に漂白剤を投げ込んだ犯人だけだ」


「そ、それだけで犯人扱いなんて、頭おかしいんじゃないか!」


 俺は貴鮫の足を踏みつけた。


「でも、貴鮫にはアリバイがあるだろ?海女月の部屋に行ってたっていう」


 羽田の言葉に俺は海女月の方を見る。


「口裏を合わせていたとしたら?そもそも、一時間の間の数分が何度かあれば可能な殺害方法で、アリバイがある、アリバイがないと言い張るほうがおかしいんだ。あの一時間の間で唯一一人の時間が全くなかったのは、俺とお前だけだぞ、羽田」


「は?いやいや、あの現場見たら分かるだろ?つっかえ棒になるものも脱衣所になかったし、砂橋が死ぬまで犯人は扉を押さえつけなきゃいけなかったってことになるだろ?だから、少しの時間抜け出してもダメなはずだ」


 俺はまた首を横に振る。


 確かに扉をずっと押さえつけなければならないのなら、この場にいる人間に犯行は無理だろう。唯一、他の人に全くアリバイを証明されることのなかった愛は、扉を押さえつけたとしても力で砂橋には勝てないだろうから、殺せることはないだろう。


「貴鮫のアリバイを保証しているのは誰だ?海女月だ。自分の部屋にいたという証言をしたな?だが、先ほどの書斎でのやり取りはどうだ?海女月は書斎に来たと言ったんだ」


 海女月が貴鮫とずっと部屋にいたというのは嘘をついていたということになる。

 確かに蝦村のように忍び込んで情報を盗もうとした場合は嘘をついてもおかしくないだろう。


「海女月が書斎に入ったのはなんのためだ?」

「十年前の事件の本当のことを知りたかったからだ」


 蝦村と同じ理由で書斎に忍び込んだと言う。

 それが事実だとして。

 何故、その妄言に、貴鮫はわざわざ口裏を合わせたか。


「口裏を合わせてやれば、自分がその時間、殺人を犯していたと思われないとでも思ったか?いや、むしろ、証言をさせるために口裏を合わせようとお前が持ちかけたのか?」


「海女月が嘘を言ってるんだ!この女、俺を貶めようと……っ!」


 床に這いつくばっている貴鮫の反論に海女月が目を見開いた。


「ふざけるな!横領事件の真相についてもみ消した記者が証拠を隠滅しようとしているからその前に探しだすといいと私を書斎に行かせたのはお前だろう!」


「えっ、私がもみ消したっ?」


 思わぬところに被弾したらしく、今度は蝦村が目を丸くして、貴鮫を見下ろしていた。


 どうやら、貴鮫は海女月に蝦村が十年前の真相を隠そうとしている木更津貴志側の人間だと思わせていたらしい。きっと他の人間についても海女月にあることないことを吹き込んで自分しか味方がいないように思わせたんだろう。


 だから、あんな杜撰なアリバイ証言に加担したわけだ。


「貴鮫とは確かに口裏を合わせた。それは認めよう。だが、そうなったところで、貴鮫は私と口裏合わせのために確かに話し合いをしていたから、ずっと脱衣所で扉を押さえつけるのは無理だ」


「折り畳み傘だ。扉の横に置いて伸ばせばつっかえ棒になる」


「は?」


 俺は両手を胸の前に掲げて、大きさを説明しながら、話すことにした。


「羽田は傘を持っていたが、折り畳み式ではないし、丸みを帯びた普通の取っ手をしていたから斜めに立てかけたとして、スライド式の扉は閉まらないだろう。白田の傘も同様に無理だ」


 確か、六十センチくらいの黒い傘だったか。白田の白い傘はもう少し長かったか。海女月と愛は傘を持っておらず、俺も砂橋も持っていなかった。


「折り畳み傘を持っているのは蝦村と貴鮫の二人だが」


「ああ、天気予報で降水確率四十パーセントだったから行きにコンビニに寄って買ったのよ。資料を濡らすわけにもいかないし」


「お、俺もだ!ノートパソコンを濡らすわけにもいかないだろう!」


「だが、貴鮫のものは新品ではなかった」


 俺はスマホを取り出して、とある写真を出す。


「傘を買ったことがある人間なら分かるだろうが。新品の傘の取っ手は往々にしてビニールで覆われているだろう?あれは故意にはがさなければ、使うにつれ、ビニールが剥がれる。扉付近にあったビニールの切れ端はそれだろう」


 余裕があれば、今すぐ貴鮫の部屋へと行って、話題にあがっている折り畳み傘を取りに行ったのだが、今は足元の貴鮫が逃げ出さないか見張りながら説明するのでいっぱいいっぱいだ。


「そ、そんなビニールだけで犯人扱いか!名誉棄損で訴えてやるぞ!」


 俺はため息を吐く。本当に推理ショーをするのは得意ではない。砂橋はよくこんなことをやってられるな。


「だったら、もっともらしい証拠を出せば観念するか?」


 俺はスマホの画面へと指を滑らせた。どんな写真を見せたところで、こいつは言い逃れをするつもりだろう。


「荷物検査をした時に、なくなっているものがあったんだ。俺もすっかり失念していたが……実は俺が持っているこのスマホは砂橋のものでな。よくお互いスマホを貸し借りしていたからパスワードとかも分かるわけで、捜査に使えると思って、借りてたんだが」


 本当は俺と砂橋の部屋の荷物を確かめた時に気づくようなことだったのだ。

 俺は砂橋のスマホを持っている。

 しかし、俺のスマホはどこにある?


「部屋にあったはずの俺のスマホがどこかに行ってしまったんだよな」


 俺は砂橋のスマホに俺の電話番号を入力し、通話ボタンを押す。途端、どこからともなく、黒電話の着信音がする。


 足元の貴鮫から。


 貴鮫の顔からはみるみるうちに血の気が引いていき、海女月が「失礼」と先に断ってから貴鮫の服のポケットを探った。外へと出した海女月の手には、黒い俺のスマホが握られていた。海女月は、通話の拒否ボタンを押すと、スマホを俺に差し出してきた。


「何か、俺は間違っていることを言ったか?」

「い、いや……」


 呆然としながら、貴鮫は首を横に振った。


 俺は貴鮫を立たせて、近くの椅子に座らせた。「何か縛れるものはないか?」と聞いてみると白田が「スーツケースの中に縄があります!」と言って、慌ただしく扉を開けて、出て行こうとした。


「わっ、あっ、きゃ、お、お化けぇぇぇ!」


 出て行こうと一歩踏み出して、白田はまたしりもちをついて、叫び声をあげた。


「あーあー、ごめんねぇ。びっくりさせちゃって」


 開きかけていた食堂の扉を開いて、登場人物の最後の一人が姿を現した。しりもちをついている白田に手を差し出して、紳士的に立ち上がらせるお化けを見て、俺以外の人間は固まっていた。


「遅いぞ、砂橋」

「ごめんごめん。でも、ちゃんと謎解きできたでしょ?」


 子供が浮かべるような悪戯っぽい笑みを浮かべて、砂橋は食堂へと足を踏み入れた。

 もちろん、お化けなんて超常現象を俺は信じていないし、幻覚を見るほど心は参っていない。


「本当に、生きてる……のか?」


 海女月が信じられないというように後ずさる中、蝦村は砂橋に駆け寄り、両手で頬を包む。


「触れる……いや、でも冷たいわ!」

「はは。蝦村さん、大胆だなぁ。冷たいのは外にいたからだよ」


 蝦村の手をやんわりと離して、砂橋は食堂の奥へと進んだ。上座の席あたりまでくると椅子に手を置いて、楽しそうにほほ笑んだ。そして、彼はテーブル上のクッキーを持ち上げてこう言った。


「それじゃあ、噛み砕いて説明しようか」


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