配信殺人と呪われたゲーム【4】
自動扉がぎりぎり開かない位置で立ち止まっていた青年は俺と目が合うと一歩だけ後ろに下がりそうになったが、意を決したように下げかけた足を踏み出した。
自動扉が開く。
「あ、あの……ここに砂橋さんって探偵がいるって聞いたんですけど……っ」
青年は肩から斜めにかけている鞄の紐を両手で握りしめながら俺に聞いてきた。笹川はイヤホンを外して机の引き出しにしまっていた。デスクトップの画面から女性の顔は消えていた。
青年が何を頼みに来たのかは知らないが、砂橋はたった今給湯室にタルトを隠しに行った。
「ああ、砂橋なら奥にいる。すぐに出てくるだろうからソファーにかけて待っててくれ」
俺は今まで自分が座っていたソファーに座るように青年を促した。笹川が椅子から立ち上がって、給湯室へと入っていく。
「僕のこと、呼んだ?」
笹川と入れ替わるように給湯室から砂橋がひょっこりと顔を出す。
「あ、あなたが砂橋さんですか」
「うん、僕が砂橋だけど……君は?」
「あ、すみません!俺は猫谷蒼梧って言います!」
砂橋が猫谷蒼梧と名乗る男の向かい側に腰を下ろした。砂橋の眉がぴくりと反応する。
猫谷という苗字には俺も聞き覚えがある。砂橋がよく事件を解決した時に手柄を渡す代わりに砂橋の情報を出さないことを約束してくれている捜査一課の熊岸警部と一緒に行動していた期待の新米刑事の猫谷刑事だ。
しかし、砂橋の前に座っている男は猫谷刑事のような無表情ではなかった。少し緊張している彼と無表情で探偵だと聞くや否や砂橋に敵意を向けていた猫谷刑事とでは、似ても似つかない。
「猫谷刑事の弟さんかな?」
「はい!この前は兄がお世話になったようで、これからもよろしくおねがいします!」
蒼梧は深々と頭を下げた。砂橋は困ったように俺を見た。俺にもどうしたらいいか分からないから頼らないでくれ。
「お世話をしたというか、お世話をされたというか……」
むしろ、喧嘩を買って思う存分からかったというのが正しいだろう。砂橋は思いつく言葉を全て飲み込んでにこりと笑った。
「お兄さんにこれからもよろしくって伝えといてよ」
「はい、分かりました!」
近いうちに猫谷刑事にまた会わないことを祈っておこう。
「それで蒼梧くん。ここに来たってことは依頼をしたいってことでいいんだよね?」
砂橋の言葉に蒼梧はゆっくりと頷いた。
給湯室から出てきた笹川が砂橋の前と蒼梧の前に湯のみに入ったお茶を出して、自分の机へと戻っていく。
「はい、そうです。あの、砂橋さんって、殺人事件とかを解決できるんですよね?」
「誰からそれを聞いたの?」
人の口には戸が立てられないが、知っている人間にはなるべく砂橋が殺人事件を解決したことがあるという事実は伏せてもらっている。食い気味に聞かれた蒼梧はきょとんを目を丸くした。
「熊岸警部に聞きました」
「ああ、猫谷刑事の方じゃなくてそっちに聞いたんだね」
「兄は探偵とか嫌いですから、逆に何も教えてくれないんですよ」
確かに猫谷刑事を思い出すと探偵を嫌っていたが、砂橋への敵意は、それだけではなく砂橋が彼を煽りに煽った結果だろう。
「なるほどねぇ」
「俺の友人を助けてほしいんです」
依頼を受けるかどうかはまだ決まっていない。とりあえず、蒼梧の依頼内容を聞こうと砂橋は次の言葉をじっと待つ。
俺は、砂橋がソファーのど真ん中に座っているため、隣に座ることもできず、ソファーの後ろで突っ立ったまま話を聞くこととなった。